『大日本史料』 10編 17 天正元年8月 p.22

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鳥取たのも崩の事, 助と一戰し打果すへしと、人衆を催し、是非の一戰にそきはめける、, しとて、人衆を出し窺けれは、鹿介も好所の幸哉と、彼軍容をさげすみ、透間を見て, 弓・鐵炮、并持楯・帖楯・攻具足を用意し、甑山の城を攻落し、鹿助を退治すへしと, を致しける、扨法美郡國府甑山に取上り、城地にこしらへ、壁櫓を付、武備懇に調け, 地を拵へ、敵城近く寄へしとて、浦留相山城を引拂、布施へ打越、豐國へ出仕の一禮, り、高信は是を聞、我藩屏の内に於て、敵侵入ことこそ無念なれ、退治をなし追拂へ, て、近邊の城々相語ひ、夜も未明やらぬに、はやひた〳〵と取卷たり、此甑山と申は、, せぬ者をは寄懸攻合、軍の止間はなかりけり、武田に與力の城々も鹿助に語らはれ、, 天正元年癸酉八月一日、武田美作守高信は、手勢并方々合力勢等四五百騎を引具し、, 一戰を始へしとて、日々小迫合共隙もなし、近邊の城々共、合縱連衡の約ヲなし、與, 或責伏られて背もの多かりけり、法美郡の城々には、法華寺の今木、杉崎の亥子山、, 岩倉の釋山も、大形鹿助に内意を通しけれは、武田は我兵勢の薄くなるをいかり、鹿, 山のめくりさのみ大きならねとも、四方離れ嶮蛆にして、容易く攻上るへき便なし、, ヲ攻略ス, 高信ノ屬城, ニ城ク, 高信幸盛ヲ, 撃タントス, 引拂ヒ〓山, 甑山城ヲ攻, 幸盛相山ヲ, ム, 天正元年八月一日, 二二

頭注

  • ヲ攻略ス
  • 高信ノ屬城
  • ニ城ク
  • 高信幸盛ヲ
  • 撃タントス
  • 引拂ヒ〓山
  • 甑山城ヲ攻
  • 幸盛相山ヲ

  • 天正元年八月一日

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  • 二二

注記 (25)

  • 669,814,56,450鳥取たのも崩の事
  • 798,697,65,1748助と一戰し打果すへしと、人衆を催し、是非の一戰にそきはめける、
  • 1425,698,65,2187しとて、人衆を出し窺けれは、鹿介も好所の幸哉と、彼軍容をさげすみ、透間を見て
  • 410,699,68,2188弓・鐵炮、并持楯・帖楯・攻具足を用意し、甑山の城を攻落し、鹿助を退治すへしと
  • 1673,696,64,2185を致しける、扨法美郡國府甑山に取上り、城地にこしらへ、壁櫓を付、武備懇に調け
  • 1797,697,63,2184地を拵へ、敵城近く寄へしとて、浦留相山城を引拂、布施へ打越、豐國へ出仕の一禮
  • 1552,697,63,2176り、高信は是を聞、我藩屏の内に於て、敵侵入ことこそ無念なれ、退治をなし追拂へ
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