『大日本史料』 8編 4 文明2年雑載~同3年11月 p.458

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吉と悦玉ふ、夫より直に珊海を差て攻寄玉ふ、山路大嶮岨にして通路安か, 散々に落失けり、寄手城中に亂れ入て、爰かしこと尋れとも、道觀入道か行, 根近く打寄玉ふ、爰に丹波か家臣に佐久間藤右衞門と云者出張して居た, し、四民を惱す由なれは、汝渠を攻討へしとて、文明三年の春、軍勢を二手に, 城と名付閉籠り、領分の土民を犯掠す、然れは吾手は玉木を攻討へし、成義, 皷を扣き立、山路遙に押寄せ玉ふ、又一方の成義公、安西式部案内とし、明け, は道觀か一子眞里谷丹波と云者、珊海と云處に一城を構へ、海陸の關所と, 成し、先正木氏を先陣とし玉ひ、玉木の城を攻玉ふに、城内に士卒僅か百人, 方知されは、其儘に尋ねもせす、城内に番兵少々殘し置、軍神の血祭り門出, にて道觀と云もの、眞里谷をも不義して獨已に雅意を構、峯上領に玉木の, 其旨を告よと、國中は云に不及、上總の軍將迄に觸たれは、各々士卒を從へ, らさる所なれとも、血氣にはやる強兵二百餘騎、正木清直を先手とし、軍大, 計籠りたる躰にて在りけるを、揉立々々攻けれは、城の大將は迯出、雜人原, 早討出んに一決す、其時大將諸士に謀策を告て云、先出掛には、眞里谷黨類, りしを、安西が云、大方彼は此處の關守たるへし、必す刀穢すな、箭軍計りし, 義實番兵, ヲ環城ニ, 置ク, 文明三年三月十五日, 四五八

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  • 義實番兵
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  • 四五八

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