『大日本史料』 11編 20 天正13年9月 p.360

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廿六日、公、御馬を小濱城へ移し給ふ、, れんか直に攻らるへきか、又城を攻落し給はゝ二本松の通路不自由なるへし、明日先近, は先南方岩角を攻取り、會津二本松の通路を取切給はゝ、小濱は自ら御手に入へしと密, 家士佐藤次郎右衞門・佐藤金藏相働首を捕、其他の徒者不詳、, に屬せり、此時家士佐藤次郎右衞門・同氏金藏武功ありといへり、其他徒者詳かならす、, 其他支城も悉く明退く、此日小濱にて會津の援兵等定綱に異見するには、公岩角を巡見, 平田尾張を以催促す、定綱尤と同心し、夜に紛て出奔すと云々、是に於て鹽松悉皆御手, し給ふ、攻敗玉はんこと必定なり、然らは引退くこと叶へからす、幸に會津の宿老松本, て早々引揚く、景綱等四人は小人數故に不追して、雙方纔に首十級計つゝ討捕るなり、, に言上して、同未明に公岩角城へ御出馬、地形を巡見し給ふ、景綱も御供す、近陣せら, 陣し給ふへしと相議せられて、又黒籠へ打揚玉ふ、此夜定綱小濱城を捨て二本松に奔る、, 廿五日、大内備前か居住鹽松小濱城沒落す、此時景綱公へ申上るは、小濱を攻玉わんに, 太郎か跡知行の地を賜て、宿老に取立らるやうに取持へし、速に引退かれよと中目式部, 〔會津四家合考〕一小手森ノ城落事付大内備前落四本松事, 角攻略ヲ進, 言ス, 片倉景綱岩, 天正十三年九月二十五日, 三六〇

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  • 角攻略ヲ進
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  • 片倉景綱岩

  • 天正十三年九月二十五日

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  • 三六〇

注記 (19)

  • 348,669,57,1004廿六日、公、御馬を小濱城へ移し給ふ、
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