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あるに因て、四人に小濱城を乘取るへき由仰付られたり、, 一、廿六日、政宗公小濱之城へ御馬被移候處ニ、, 城するなれは、評議區々ならんことを考へ、謀略も有るへしと、景綱、成實と密に相議, 綱、築館より小瀬川へ働く時に、景綱手勢二百計を以て不圖小濱近所へ打寄する、小濱, 櫻田右兵衞元親・景綱をは築館に殘置かる故は、小濱に城兵多く、援兵も來りて大軍籠, し、公へ申上、且小濱城中に公へ奉公し御人數を引入るへき旨を、景綱を以申上る者も, に川を越て景綱と一所になりて戰ふ、小濱の人數五六百計寄來れとも、公の御働を畏れ, けれとも、公より敢て攻玉はす、何事なく黒籠へ打揚らる、此日成實・宗實・元親・景, の兵に推立られ、小瀬川まて一里計引退く、小瀬川に於て成實・宗實・元親の兵、一同, 廿二日、公築館を御起、田村殿領地黒籠城に御陣を移され、伊達成實・白石若狹宗實・, 廿四日、公は大場野内城へ御働あり、此城は二本松の兵籠れり、少し人數を出し防戰し, 抱之城ノ小濱迄無殘其夜二本松へ引除候間、四本松ノ分ハ御手ニ入申候、, 申候、中目式部太輔・平田尾張ヲ以〓ニ催促被申候間、大内備前モ通路ヲ大事ニ被存、, 〔片倉代々記譜録〕, 天正十三年九月大, ○下略、畠山義繼、僞リテ伊達氏ニ降ル, コトニカヽル、十月八日ノ條ニ收ム、, 景綱一, 天正十三年九月二十五日, 三五九
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- ○下略、畠山義繼、僞リテ伊達氏ニ降ル
- コトニカヽル、十月八日ノ條ニ收ム、
- 景綱一
柱
- 天正十三年九月二十五日
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- 三五九
注記 (20)
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