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ル廿三日大内備前か領地小手森へ御働有るへき由御談合あり、, あり、此時景綱御供す、大内備前は居城小濱を出て小手森に籠城せり、小濱に籠る會, 廿三日、大雨ふり、小手森御出馬止、, 津・仙道・二本松の援兵も、小手森近所まて來る、公兵を進めて働き給ふといへとも、, ゝり、會津・二本松の勢淺進み來り、敵兩方より挑み戰ふ、公軍を三備に分て戰はしめ, 十七日、公御馬を伊達郡川股に寄られ、蕨か平におゐて田村殿清顯へ御對面ありて、來, 廿四日、田村殿と同く小手森城へ御出馬有、公は北より御働き、田村殿は東より御働き, 城中の兵固く守て出す、晩に及ふ故に、軍を先揚らる、其時城兵を出し、公の後陣へか, よし申上る、乃伊達郡飯野の内刈松田の城主青木修理, 閏八月小, 副て遣はさる、二人思慮を廻して、備前か家士三人誘引して歸る、因て御褒美あり、, 公大内備前定綱か領地へ御働の思召立有て、備前か家臣を彼地の案内者の爲に召捕られ, たき由仰あり、景綱承り、私家中に金谷筑後と申者あり、常に備前方への事存しの者の, 玉ふ、御不斷組士鐵炮都合五百挺許、東の山際より放たしめ、諸卒大に進む、於是城兵, に筑後を, の計らひにて公の御手に屬す, 修理は元備前か臣也、伊達成實, 金谷筑後, 天正十三年閏八月二十七日, 四五〇
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- の計らひにて公の御手に屬す
- 修理は元備前か臣也、伊達成實
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- 金谷筑後
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- 天正十三年閏八月二十七日
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- 四五〇
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