『大日本史料』 11編 20 天正13年9月 p.363

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

く敗軍に付、其威ひを以、鹽の松城際迄攻懸、手いたく遂合戰、少々討捕といへとも、, すへきよし仰下され候、此威勢をもつて惣勢城際迄攻詰、城内遁かたく相見え候に付、, 退屈のやうに相見え候處、片倉景綱元來長陣なとは嫌ふ武士なる故に、成實・宗實・櫻, 手勢五百人を隱し置、景綱を追立る敵の後より、横懸りに入亂る、敵中を押切れ、足度, 田にもかくし、手勢はかりを以、小瀬川と所迄夜懸に攻入候處に、小瀬川の敵防兼、悉, 景綱無利を見て、人數を引連、小瀬川を左になし、景綱か後詰のことく詰入、藪の中に, かこへ言上す、政宗公御感不斜、御前へ被召出、軍之仕樣委御尋、尚以大内か城を攻ほ, あしく、又城内を心さし白石か勢に立向、半時計戰ひ、終に打負、殘黨城内に引退、其, 城内より七八百騎一同に懸出、散々に追ちらし、景綱も小瀬川迄引退候、折節白石宗實, 剋大内家老大河内と云大剛之武士、此外百餘人討捕、宗實郎等鈴木伊勢守を爲使節、黒, 四人に、一千餘騎被殘置候、各鹽之松近所に野陣を取、せり合計にて日を暮し、御味方, 公は此城には搆給はす、成實・宗實・景綱・櫻田四人を殘し置、鹽之松抱の小城共を皆, 會津義廣の加勢侍大將金上遠江守・佐世平八郎兩人、大内定綱に異見之旨趣者、政宗, 之黒かこへ御馬移され、鹽の松には伊達成實・白石宗實・片倉景綱・櫻田右兵衞尉重長, 天正十三年九月二十五日, 三六三

  • 天正十三年九月二十五日

ノンブル

  • 三六三

注記 (16)

  • 1373,672,59,2225く敗軍に付、其威ひを以、鹽の松城際迄攻懸、手いたく遂合戰、少々討捕といへとも、
  • 490,683,63,2223すへきよし仰下され候、此威勢をもつて惣勢城際迄攻詰、城内遁かたく相見え候に付、
  • 1622,669,61,2260退屈のやうに相見え候處、片倉景綱元來長陣なとは嫌ふ武士なる故に、成實・宗實・櫻
  • 993,673,62,2266手勢五百人を隱し置、景綱を追立る敵の後より、横懸りに入亂る、敵中を押切れ、足度
  • 1498,677,60,2256田にもかくし、手勢はかりを以、小瀬川と所迄夜懸に攻入候處に、小瀬川の敵防兼、悉
  • 1118,671,61,2256景綱無利を見て、人數を引連、小瀬川を左になし、景綱か後詰のことく詰入、藪の中に
  • 615,682,62,2248かこへ言上す、政宗公御感不斜、御前へ被召出、軍之仕樣委御尋、尚以大内か城を攻ほ
  • 868,678,62,2255あしく、又城内を心さし白石か勢に立向、半時計戰ひ、終に打負、殘黨城内に引退、其
  • 1246,673,59,2264城内より七八百騎一同に懸出、散々に追ちらし、景綱も小瀬川迄引退候、折節白石宗實
  • 739,678,66,2261剋大内家老大河内と云大剛之武士、此外百餘人討捕、宗實郎等鈴木伊勢守を爲使節、黒
  • 1749,676,59,2256四人に、一千餘騎被殘置候、各鹽之松近所に野陣を取、せり合計にて日を暮し、御味方
  • 238,681,63,2258公は此城には搆給はす、成實・宗實・景綱・櫻田四人を殘し置、鹽之松抱の小城共を皆
  • 364,686,64,2253會津義廣の加勢侍大將金上遠江守・佐世平八郎兩人、大内定綱に異見之旨趣者、政宗
  • 1873,670,62,2260之黒かこへ御馬移され、鹽の松には伊達成實・白石宗實・片倉景綱・櫻田右兵衞尉重長
  • 133,814,45,479天正十三年九月二十五日
  • 137,2446,44,126三六三

類似アイテム