『大日本史料』 9編 13 大永元年5月-大永元年12月 p.331

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し〳〵可然と申けれは、資房實もと、其夜子の剋計に裏の山ゟ忍ひ出、烏山へ引籠る、, 我先にと埋たり、川井出雲大將の前へ出て申けるは、敵明日一同に攻んぬる氣色見へ候, を堙、かけ引自由にして、大勢一度に攻へしと下知すれは、兵共近邊民舍を段ち運ひ、, 勢悉く籠りたれは、此城を攻落を御本望と思召、御開陣候へかしと申けれは、諸將も尤, 日迄攻けるか、城も落へくとも見へす、寄手諸將評議有て、今日は戰をやめ、堀や深田, と同意して、おの〳〵國へ返りける、, へぬ、敵は大勢、味方は僅の五百餘騎、取籠られなは利あるまし、今宵烏山へ籠城ま, 明る十七日、寄手城中へ亂れ入れは、兵一人もなし、さらは烏山へ推寄んと申す中、宇, 都宮の鹿沼徳雪齋申けるは、かほとの小城たに十餘日を經て相支候、烏山は那須中の軍, きける、同四日午ノ剋、岩城・白川・小田・宇都宮三千餘騎、川井の城へ推寄せ、十餘, 〔那須譜見聞録〕, 那須系圖, 大永元年十一月四日, 三三一, 大永元年十一月四日

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  • 那須系圖

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  • 大永元年十一月四日

  • 三三一

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  • 大永元年十一月四日

注記 (15)

  • 1271,612,58,2204し〳〵可然と申けれは、資房實もと、其夜子の剋計に裏の山ゟ忍ひ出、烏山へ引籠る、
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