『大日本史料』 9編 13 大永元年5月-大永元年12月 p.338

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衞尉馳走して、楯葉か首取らんとする所に、楯葉持たる太刀にて打拂へは、ひさ口した, 手不動、其間に、熊田楯葉か後に寄て頭討落し、岡を取て引立、楯葉か首は熊田・岡討, 取りけると大聲を上て呼たりける、楯葉身かた軍士度々打まけけるを見て、耻辱とや思, る、太郎左衞門とくまんと馳寄る、岡是を見て引組、上を下になつて轉所を、熊田源兵, 御城はあやうく罷成候半、御落城候はゝ、烏山城に籠給士卒も驚聞に落城可被致、其上, せさりける、殘勢楯葉かうたれたりと聞、二百餘人きつさきより火ゑんを出し戰けれと, ひけん、命もおします、名利の轡を返し、永く寂寞の苔の扉を閉といへとも、其名は朽, 此所に後攻の事かつて有間敷存候、小田・喜連川の人々一千餘騎にて指塞候間、後攻事, 明日惣責の又度、三家一同に候、近里の在家を破て堀の埋草にせんと持運ひ候、明日は, に〓ならす、楯葉七郎左衞門尉是を破れては一期の耻辱と思ひけれは、まつさきに前け, へ矢文を射て、けに軍を留て、堀を隔て對面し申けるは、年來別て入魂申事此時なり、, も、打立られて四方へさつと引退く、鹿沼徳雪齋、川井出雲守に可云子細あり、城の内, ハ思召切候へ、御手〓は見へ申間、ひとまつ落城被成、鳥山と御くわゝり候へと申けれ, ゝに切たりける、岡下よりつかんとするに、楯葉といふ大力にくみしかれけれは、左右, 大永元年十一月四日, 三三八

  • 大永元年十一月四日

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  • 三三八

注記 (16)

  • 1526,633,59,2237衞尉馳走して、楯葉か首取らんとする所に、楯葉持たる太刀にて打拂へは、ひさ口した
  • 1296,634,60,2239手不動、其間に、熊田楯葉か後に寄て頭討落し、岡を取て引立、楯葉か首は熊田・岡討
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