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中にもかねて期したる義なれは、目に餘る寄手なれとも少しも擬義せす、〓出ていとこ, たる要害成るに、大手の先陣北條陸奧守氏照、二陣松田左馬介、からめ手は結城衆・千, 石越後守・師岡山城守・御宿越前守・松田六郎左衞門、能指揮してふみこたへ、城兵疲, 兵、二百餘にて切て出、追捲つ相戰ふ、大手の寄手箆白n成、危く見へたりけるか、大, 葉勢、雲霞のことく楯を〓寄せ、鬨を作り、弓・鐵炮を放し懸て詰寄〳〵戰をはしむ、城, 逢ふ、中にも佐竹ゟ加勢に入し根本太郎忠治并木道清左衞門・同傳吉抔云壹人當千の城, 部少輔胤成等も出張して、寄手彼是三万餘き關宿を取圍、此城二方は大河にて、すくれ, は、主從二人すかさす塀へ乘上り、大音聲に一番乘りとそ名乘りたり、是を見て氏照、, とや思けん、引く敵につゝゐてはせ行けるか、門役の門司心得て木戸を早ク立たりけれ, 津野戸對すな、かゝれ者共と下知せられしまゝ、四五百騎我先にと馬を乘放し犇々と門, て引退く、時に北條氏照の被官津野戸半右衞門并清水藤五郎と云る者、若黨付入にせん, 初旬、氏政一万六千餘騎にて小田原を首途せらる、結城晴朝并千葉新助胤富か陣代原式, みし、佐竹義重の幕下と成、小田原へ楯をつくによつて、義氏いかりを含ミ給ひ、是年, 〓十月、氏政及ひ結城晴朝へ使者を立て、彼等父子追討せん事を促さるゝか故、十一月, 天正二年閏十一月十九日, 二三九
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- 天正二年閏十一月十九日
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- 二三九
注記 (16)
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