『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.112

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ましき體也、何ともあくみたまふ、長谷川は、神君堺へ御越に付、信長公よ, 歸り申と云々、泉堺を御出候とき、ケ樣の節は、手に金子を持たるがよし、, まとなり、翌朝早く御出候時、久八御供、其道にて久八野伏の箭に中る、隣, 出立故に、其儘追討るゝと也、神君信樂へ御越候へは、木戸を打、中々通す, 疑も有へきかとて、忰久八を迎に遣し、桶に赤飯を入て遣す、神君も其外, とあれは、多羅尾門をひらき、御一宿あるへしと御馳走をなす、其身は御, り差添遣さる、初は誰か居所といふ事もしれす、御供に長谷川御竹參し, 次なり、遂に在所は見す、此度初而通る、そこにて御竹使を出し、ケ樣々々, か、多羅尾の居城といふ事を聞出し、多羅尾は信長公へ出仕候は、御竹取, 又先よりもかくの〓し、追〓亂妨は若き者の事也、祖父なとをはれて御, 郷は甲村といふ、其領主と多羅尾は中あしく。そこにて久八申上候は、御, 供奉之人々も草臥、茶園に並居たまふ處に。赤飯を持參す、手にて參りた, 越候故、人質心にて手をさす者もなし、穴山はのし付板を著し、美麗なる, 供申たらは、某を目懸て、甲村の者とも妨をなすへし、結句御爲に、是より, 誰か手前の用に達たきもし。れぬ者也とて、金子百兩御取出しありしを、, 天正十年六月四日, 梅雪ハ服, サル, ル故ニ殺, 裝華美ナ, 天正十年六月四日, 一一二

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  • 梅雪ハ服
  • サル
  • ル故ニ殺
  • 裝華美ナ

  • 天正十年六月四日

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  • 一一二

注記 (22)

  • 1403,697,63,2123ましき體也、何ともあくみたまふ、長谷川は、神君堺へ御越に付、信長公よ
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