『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.183

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公の御方へも取懸らんと、人數を分〓て指向ニ付、此由徳川殿へ告け申む, 道筋の不塞内に、早々御歸國被令よ、京都の大變あの通りにて、黒烟一面に, 我を見掛て相招にや、誰やらんと、本多近寄見れは、京の呉服所四郎次郎也、, を被仰付につき、六月二日の曉天に堺を御先へ發足し、〓に飯森山の麓迄, 哉といふ、忠勝仰き見れは、京都の方黒煙一面に天を覆ふ、是は如何と尋れ, 罷越の處に、向より鞍馬に鞭打て馳來る者、遙に先より扇を披きて指招く、, 何方へ志し急き參れりと問懸れは、其扇を後ロの方へ指て、あれ御覽せし, 廿一日安土を御立、京へ御入、夫より堺へ御越、當所御覽の上は、京迄先御歸, と、急き是迄參上候、貴殿には何方へ御越そ、疾堺へ御立歸り、公の御供申、御, 物可被遊、本多平八郎忠勝には、御先へ京都に參り、御用を相辨す〓およし, は、茶屋答て、明智殿謀反被致、信長公の御旅舘へ押寄を〓し申、夫より信忠, 在て、御本國參別へ御皈在へし、此通懸に大和の内奈良邊をも、爰彼所御見, リ、冀クハ今ノ定書ノ世ニ行ハレ、未定ノ書ノ廢レン事ヲ幾庶ス, 〔林鐘談〕乾徳川殿には、信長の御勸を以、京ゟ堺迄御一覽有〓しと、五月, ○續武, 家閑談, 大抵, 同ジ、, 天正十年六月四日, 一八三

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  • ○續武
  • 家閑談
  • 大抵
  • 同ジ、

  • 天正十年六月四日

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  • 一八三

注記 (20)

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