『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.46

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

ば備中守へ賜はりし御書には、御暴論の廉は輕く書き流して、此後は京都へ御文通の事あ, 御過を謝し給はんこと然るべからん」と仰せられしかば、烈公も遂に頷かせ給へり、され, など仰せ立てられし御暴論の廉々、并に過ぎし甲辰の年の御寃罪の所由などを論ひて、, せしが、折ふし御同席なりし貞芳院樣も傍より詞を添へて、「刑部の申す所理にこそ候へ、, 公は姻戚の間柄なる鷹司家に對し、年來國事につきての御文通ありしが、其御議論幕議と, て予は烈公が、「數百萬人を引率して亞米利加に渡航せん、百萬金を得て大坂城を借らん, 「今後は京都への文通は一切思ひ止まり給ふべしとの一筆を、備中守へ遣はされたし」と, 申上げたれど、烈公更に聽き入れ給はず、「國家の大事について意見を申し進むるに、何の, 馭に苦しみ當惑したれば、何とぞして烈公が京都への御文通を止め申さまほしく思へる, 合はざるのみならず、在京の有志等之を傳聞して、過激の言動をなす者多く、老中等も制, 疚しきことかあらん」と爭がひ給ふ、予は「そを公邊へ言上あるは固より至當の事ながら、, 之を差置きて直に京都へ仰せ進められんこと決して然るべからず」と、顏を犯して諫め申, 折から、御暴言の事ありしかば、遂に予に請ひて、右の一條を諫め申さんとしたるなり、さ, るまじき由をば、むねと記させ給へり、此時烈公怒を發して御座を立たせられ、予御裾を, 押へてなど傳ふるは修飾に過ぎたり、さて予は川路等を一橋の邸に召し、御書をば備中守, 田へノ書翰, 齊昭ヨリ堀, 眞意, 慶喜諫言ノ, 政安五年正月二日, 四六

頭注

  • 田へノ書翰
  • 齊昭ヨリ堀
  • 眞意
  • 慶喜諫言ノ

  • 政安五年正月二日

ノンブル

  • 四六

注記 (21)

  • 481,657,70,2213ば備中守へ賜はりし御書には、御暴論の廉は輕く書き流して、此後は京都へ御文通の事あ
  • 598,651,68,2218御過を謝し給はんこと然るべからん」と仰せられしかば、烈公も遂に頷かせ給へり、され
  • 1296,653,65,2197など仰せ立てられし御暴論の廉々、并に過ぎし甲辰の年の御寃罪の所由などを論ひて、
  • 713,660,69,2208せしが、折ふし御同席なりし貞芳院樣も傍より詞を添へて、「刑部の申す所理にこそ候へ、
  • 1875,663,67,2216公は姻戚の間柄なる鷹司家に對し、年來國事につきての御文通ありしが、其御議論幕議と
  • 1409,661,69,2215て予は烈公が、「數百萬人を引率して亞米利加に渡航せん、百萬金を得て大坂城を借らん
  • 1179,652,71,2226「今後は京都への文通は一切思ひ止まり給ふべしとの一筆を、備中守へ遣はされたし」と
  • 1063,653,69,2217申上げたれど、烈公更に聽き入れ給はず、「國家の大事について意見を申し進むるに、何の
  • 1646,659,65,2218馭に苦しみ當惑したれば、何とぞして烈公が京都への御文通を止め申さまほしく思へる
  • 1759,661,68,2218合はざるのみならず、在京の有志等之を傳聞して、過激の言動をなす者多く、老中等も制
  • 947,654,68,2221疚しきことかあらん」と爭がひ給ふ、予は「そを公邊へ言上あるは固より至當の事ながら、
  • 831,652,67,2224之を差置きて直に京都へ仰せ進められんこと決して然るべからず」と、顏を犯して諫め申
  • 1530,656,65,2218折から、御暴言の事ありしかば、遂に予に請ひて、右の一條を諫め申さんとしたるなり、さ
  • 365,659,66,2211るまじき由をば、むねと記させ給へり、此時烈公怒を發して御座を立たせられ、予御裾を
  • 248,653,70,2221押へてなど傳ふるは修飾に過ぎたり、さて予は川路等を一橋の邸に召し、御書をば備中守
  • 431,286,41,209田へノ書翰
  • 487,284,41,212齊昭ヨリ堀
  • 1850,289,42,85眞意
  • 1906,290,43,211慶喜諫言ノ
  • 2001,756,44,342政安五年正月二日
  • 1993,2434,41,78四六

類似アイテム