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まうてたるに歌つかふまつれとあれはよめる、, 寫せる本にもとつきつゝ、又妙壽院眞名を加へたまひし本侍に、所々かはれる事あるを, らしるせる事をわさと女のかきたりし日記のやうにいひなせり、それのとししはすのは, きにけむとかけり、是任はてゝのあくる年をかそへくはへて前後六年なれは、彼家集承, もしりへにならへしるし侍りて、おろ〳〵抄出し侍るかしといふ、卷首に京極黄門の奥, といふまては、なほ土佐國府に在しと見ゆ、大津・浦戸ともに土佐國なり、あくる正月, と云々、右延長八年より承平五年にいたりては前後の年數六年也、此日記にもある人あ, 平五年に京にのほりてといへるに相かなひぬるにて侍るへしと、又京極黄門の御自筆を, つかあまりひとひの曰かどですといふより、廿七曰おほつよりうらとをさしてこきいつ, 書、妙壽院の奧書、紀氏系圖をのせ、卷末に季吟みつからの歌を附す、是記貫之みつか, 十九曰まて海上にありし事をしるすを上卷となす、二十曰より二月十六日京に入るまて, ゝくたりて、承平五年に京にのほりて、左大臣とのしら川とのにおはしまし、御ともに, 二月十六曰に京にいるよし見へたり、そこのことはに五とせ六とせのうちにちとせやす, かたのよとせ五とせ果てといひて、その年の十二月廿一曰にかとてして、あくるとしの, もゝくさのはなのかけまてうつりつゝおともかはらぬしら川の水, 遊紀第一, 一五一
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- 遊紀第一
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- 一五一
注記 (17)
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