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多城主山岡美作守景隆、同弟對馬守景佐途中へ出向〓し、光秀か徒明智左, をは御免可蒙候、併當所御通之儀は、御氣遣ひなく御通り被成へし、國人等, 同姓之者共を衙ひ郷導せしめよと被仰付に付、是より罷越たり、徳川殿に, 長越前へ亂入時相伴ひ、若〓迄御打入有し時、江北の淺井備前守後ロより, は明智日向守か縁者に付、此節身に取ての急事難計候へは、御道筋の御用, 節今日の大雨一入に御座候へは、是を召るへしと奉るに付、則是を召、翌日, は、是より多羅尾か方へ御越、御止宿被成へし、渠儀永祿十三年四月下旬、信, ましと、御先へ參り、此由申せと、本多を先へ被遣、扨甲賀に入給へは、江〓勢, 兎角是より御容を被窶、忍て御通り可然と存るに付、〓笠を才覺仕たり、折, り渠に船の御無心仰られ御馴染也、今又其家に御越あらんに、御如在は仕, 斐有間敷間、伊賀へ御通の義は如何有へしと、存寄を早申上んと參上仕候, 支不申樣に可申觸と返答仕候、然れ共御無人にては、萬一の義候は、後悔甲, 伊賀越の時も、簑笠にて御歩行也、服部半藏正成を召、汝伊賀へ先立て參り、, 興起に付、信長を始め急御馬を被引返、公にも道筋御難義の時、舟木の浦よ, 小作に賜處へ、服部平大夫伊〓ゟ立歸り、服部出羽守に對談仕候處に、渠義, 服部出羽, 山岡景隆, 服部正成, 守, 天正十年六月四日, 一八九
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- 服部出羽
- 山岡景隆
- 服部正成
- 守
柱
- 天正十年六月四日
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- 一八九
注記 (21)
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