『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.197

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郎治カ船ハ、何國ノ浦ニモ掛リ、湊運上出サスト云、, いへども、其心底はかりがたければ、まづひそかに渡御あるべしとて、正尚, 向後服部平太夫ヲ改メ、簑笠之助与御意可被爲召旨被仰付、是ゟ笠之助代, 代拜領之名字ヲ以テ家名トス、, 松之城江御歸城、御祝儀之上平太夫被召出、今度簑笠ヲ奉ル其功拔群ナリ、, すべきやのむね達するのところ、出羽守速に人數を具してむかへ奉ると, 記ニ曰、御供八人簑笠ヲ著タリ、三里御引下リ、河内地ヨリ閑道御退、勢州, 尚が出羽守と親族たるにより、御使をうけたまはりて其許に至り、御味方, 簑にもと服部たり、のち簑と稱し、また巳野に, て簑に復す、家傳に、その先服部平大夫正尚、東照宮につかへたてまつり、天, 地を過らせたまふ、彼は明智光秀が外舅なれば、御不審におぼしめされ、正, ト申上ル、公聞召、能隱ルヽ物ハ能顯ルヽトノ上意、伊賀越無恙御越被遊、濱, 正十年六月、伊賀路を渡御のとき嚮導したてまつり、喜多村出羽守某が領, あらたむ、正高、寳生座猿樂のものより御家人にめし加へらるゝにをよび, 苫浦角屋六郎治カ船ニ召レ御歸國ト云、此時御用船出スニヨリ、今ニ六, 〔寛政重修諸家譜〕, [寛政重修諸家譜]〓〓日〓もと服部たり、のち簑と稱し、また巳野に, 千二百, 二十一, 座猿樂ノ, 服部平大, 夫ハ寶生, モノ, 〓笠之助, 天正十年六月四日, 一九七

割注

  • 千二百
  • 二十一

頭注

  • 座猿樂ノ
  • 服部平大
  • 夫ハ寶生
  • モノ
  • 〓笠之助

  • 天正十年六月四日

ノンブル

  • 一九七

注記 (26)

  • 1247,703,57,1504郎治カ船ハ、何國ノ浦ニモ掛リ、湊運上出サスト云、
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