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なお邪魔にて候、然らは首尾を見て、即時に打果し候べしと云、勝入左有と, 順慶刀を持て居たりしか、其眼さしすはともせは、頭を切はりほ〓く見へ, 等討死も可仕哉、然るに首尾能く三人にて打果候はんは、數千のかわりと, 慶聞て、人類にあらさる大惡の光秀に一味す〓きいはまなし、各と同しく, ならんこそ本望たお〓く候、然らは光秀を亡し給ふ事、たやすかるへしと, 座に差〓すへき事いとやすく思ひしか、順慶側に十七八歳に見へし小性、, 士重て申けおは、順慶を亡し候はんには、數千の手負死人必定也、其外に臣, しと語りけれは、日置も土倉も、されは我もさこそ思ひ候つれと言けると, へ御出張可有由、風説有故。否を承度とて、使を以て申入るよしを演説す、順, て、我股肱の如き三士死して如何せん、順慶、光秀に一味たらは、謀をめくら, 云て行けお、順慶に逢て、三士間近く詰寄、惟任日向守と御一味にて、槇嶋邊, 也、其後程經て、彼小性の事問尋けれは、牧村兵太とて、後は方々武者修行し, 米は、三士悦て歸るさに、途中にて丹羽山城言けまは、順慶異義に及はゝ、即, 光秀を打果し、信長公の弔にす〓れとこそ存候得と被申處に、實に聞へけ, し、諸將相議して打亡す〓きにこそあれまへて卒爾入事不可有と宣ふ、三, ニ一味セ, 順慶光秀, ズト答フ, 牧村兵太, 天正十年六月十一日, 四〇〇
頭注
- ニ一味セ
- 順慶光秀
- ズト答フ
- 牧村兵太
柱
- 天正十年六月十一日
ノンブル
- 四〇〇
注記 (21)
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