Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
加藤光泰, とのゝしりける、光秀は勝兵衞に、腹わたの出たるをさりらせて、頭を打て, 褒美を給りける、其後死骸を尋出し、頭を繼、日の岡に、六月十四日明智左馬, 人の馬上に、從者一兩人ならては見へぬそ、落人の正眞なり、貝を吹て起れ, 灰にせよと云ける、舌もなへて聞へけるは、頭を打て智恩院のしれる坊へ, に〓込ける、前後より、味方打するほまくれめ、曲事に可行と呼はれは、五六, 持參し、灰にせんと落行ずる處に、ゆく先々に一揆起りけれは、頭は草の中, 某を討とり、また伏見の狼谷にをいて、長原安藝と鎗をあはせ、つゐにこれ, 村越を、藪の内ゟ鑓にてはきかゝお、次に乘たる光秀か右の脇をしたゝか, へなけて落ずるとそ、是を村井春長軒か郎等見知て、秀吉公へ奉りけれは, 〓加藤家譜}乾遠江守光泰公作内、天正十壬午六月、明智日向守光, 天正十年六月、大閤、明, 智光秀と山城國山崎にをいて合戰のとた、光泰先鋒にすゝみて、野瀬丹波, 助か父と共に磔にかけられたり、, をうちとる、, 〔寛政重修諸家譜, 〕, 作内、遠江守, ○光秀ノ遺屍ヲ磔スルコト、本月十七日, 七百七, 條ニ見ユ、岡山池田家譜、池田家履歴略, 從五位下, 十四, ○上, 別本, 下略, 大洲, 記異事, ナシ, 光泰野瀬, 取ル, 丹波長原, 加藤光泰, 光秀小栗, ニテ〓力, 安藝ヲ討, 栖ニテ鎗, 天正十年六月十三日, 四五七
割注
- 作内、遠江守
- ○光秀ノ遺屍ヲ磔スルコト、本月十七日
- 七百七
- 條ニ見ユ、岡山池田家譜、池田家履歴略
- 從五位下
- 十四
- ○上
- 別本
- 下略
- 大洲
- 記異事
- ナシ
頭注
- 光泰野瀬
- 取ル
- 丹波長原
- 加藤光泰
- 光秀小栗
- ニテ〓力
- 安藝ヲ討
- 栖ニテ鎗
柱
- 天正十年六月十三日
ノンブル
- 四五七
注記 (39)
- 749,1491,56,266加藤光泰
- 1561,637,59,2187とのゝしりける、光秀は勝兵衞に、腹わたの出たるをさりらせて、頭を打て
- 1094,627,63,2205褒美を給りける、其後死骸を尋出し、頭を繼、日の岡に、六月十四日明智左馬
- 1677,633,59,2199人の馬上に、從者一兩人ならては見へぬそ、落人の正眞なり、貝を吹て起れ
- 1448,627,57,2188灰にせよと云ける、舌もなへて聞へけるは、頭を打て智恩院のしれる坊へ
- 1792,637,61,2190に〓込ける、前後より、味方打するほまくれめ、曲事に可行と呼はれは、五六
- 1331,627,60,2204持參し、灰にせんと落行ずる處に、ゆく先々に一揆起りけれは、頭は草の中
- 512,626,60,2197某を討とり、また伏見の狼谷にをいて、長原安藝と鎗をあはせ、つゐにこれ
- 1907,630,61,2196村越を、藪の内ゟ鑓にてはきかゝお、次に乘たる光秀か右の脇をしたゝか
- 1211,643,61,2196へなけて落ずるとそ、是を村井春長軒か郎等見知て、秀吉公へ奉りけれは
- 262,706,95,2128〓加藤家譜}乾遠江守光泰公作内、天正十壬午六月、明智日向守光
- 748,2209,58,619天正十年六月、大閤、明
- 630,631,59,2193智光秀と山城國山崎にをいて合戰のとた、光泰先鋒にすゝみて、野瀬丹波
- 980,632,61,1003助か父と共に磔にかけられたり、
- 404,633,53,356をうちとる、
- 719,580,114,579〔寛政重修諸家譜
- 254,581,114,29〕
- 777,1782,43,338作内、遠江守
- 1011,1642,42,1180○光秀ノ遺屍ヲ磔スルコト、本月十七日
- 780,1210,39,181七百七
- 966,1671,45,1151條ニ見ユ、岡山池田家譜、池田家履歴略
- 733,1781,42,264從五位下
- 737,1215,34,101十四
- 429,996,41,111○上
- 314,617,41,89別本
- 384,999,39,106下略
- 268,613,43,95大洲
- 893,637,42,178記異事
- 856,642,33,105ナシ
- 537,278,44,166光泰野瀬
- 410,281,37,73取ル
- 494,277,41,166丹波長原
- 761,278,44,170加藤光泰
- 1923,278,40,170光秀小栗
- 1835,284,41,162ニテ〓力
- 449,275,44,170安藝ヲ討
- 1880,278,39,173栖ニテ鎗
- 180,716,43,385天正十年六月十三日
- 182,2420,44,121四五七







