『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.463

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

て後、其餘の敵共も落行ける、光秀は此時五十七歳也、主君を殺して天下を, 高の母の一族、桂の里に在しか、孝高の家人の飢を助んとて、酒食を多く持, 日を經て、同月十四日に亡ひける、孝高是を追て桂川を通り給ひける時、孝, 然由被申けれは、秀吉尤と思召て、北の方の責口を明給ふ、案のことく其夜, 我にしたしお人皆叛おて、信長公を今月二日に〓し奉りし後、わつか十三, 具ぬお捨、小栗栖山を通りける時、郷人共出て、藪の内より鎗にて〓ける、光, て落行か、若其儘籠城仕候は、敵の人數〓し候はゝ、明日の合戰身方に勝利, 城中の士卒、彼明たる方より大勢落失、殘る勢すくなけれは、戰はんとする, 江州坂本の城へと心さし、本道をは通らすして、伏見山を過、山中にて物の, を得ん事、輙かるへく候、明智か領地、丹波の方の圍みをとたてせめられ可, 一方の責口を明候はゝ、士卒大半落失申すへし、然らは明智は今夜城を出, 奪はんとせしか共、天罰なにかわ遁るへお、兼て思ひし事も一つも叶わす、, に力なくして、其夜半許に、明智日向守從者五六人召連、ひそかに城を出て、, 鎗を捨て逃たりといわれじと也、其後終に郷人に討れける、明智か城を出, 秀手を負けれは、持たる鎗を田の中へ立置て逃たりける、鎗を立置し事は、, 孝高母ノ, 邊ニテ孝, 光秀ノ用, 高ノ家人, 一族〓川, ヲ饗ス, 意, 天正十年六月十三日, 四六三

頭注

  • 孝高母ノ
  • 邊ニテ孝
  • 光秀ノ用
  • 高ノ家人
  • 一族〓川
  • ヲ饗ス

  • 天正十年六月十三日

ノンブル

  • 四六三

注記 (24)

  • 747,631,66,2193て後、其餘の敵共も落行ける、光秀は此時五十七歳也、主君を殺して天下を
  • 280,631,61,2195高の母の一族、桂の里に在しか、孝高の家人の飢を助んとて、酒食を多く持
  • 400,633,62,2192日を經て、同月十四日に亡ひける、孝高是を追て桂川を通り給ひける時、孝
  • 1557,626,71,2190然由被申けれは、秀吉尤と思召て、北の方の責口を明給ふ、案のことく其夜
  • 518,626,64,2194我にしたしお人皆叛おて、信長公を今月二日に〓し奉りし後、わつか十三
  • 1100,628,67,2193具ぬお捨、小栗栖山を通りける時、郷人共出て、藪の内より鎗にて〓ける、光
  • 1793,628,75,2185て落行か、若其儘籠城仕候は、敵の人數〓し候はゝ、明日の合戰身方に勝利
  • 1446,626,67,2186城中の士卒、彼明たる方より大勢落失、殘る勢すくなけれは、戰はんとする
  • 1213,627,68,2189江州坂本の城へと心さし、本道をは通らすして、伏見山を過、山中にて物の
  • 1669,625,73,2187を得ん事、輙かるへく候、明智か領地、丹波の方の圍みをとたてせめられ可
  • 1906,638,71,2172一方の責口を明候はゝ、士卒大半落失申すへし、然らは明智は今夜城を出
  • 634,625,63,2213奪はんとせしか共、天罰なにかわ遁るへお、兼て思ひし事も一つも叶わす、
  • 1332,632,67,2199に力なくして、其夜半許に、明智日向守從者五六人召連、ひそかに城を出て、
  • 862,626,67,2195鎗を捨て逃たりといわれじと也、其後終に郷人に討れける、明智か城を出
  • 978,625,68,2206秀手を負けれは、持たる鎗を田の中へ立置て逃たりける、鎗を立置し事は、
  • 430,273,41,164孝高母ノ
  • 344,279,40,163邊ニテ孝
  • 993,275,38,165光秀ノ用
  • 299,279,40,165高ノ家人
  • 387,292,38,150一族〓川
  • 252,281,43,112ヲ饗ス
  • 949,271,37,42
  • 180,712,43,386天正十年六月十三日
  • 184,2418,44,119四六三

類似アイテム