『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.536

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日同人話、, 藥屋二三軒にてかひ集め、藥方をしられさらんやうにする体なり、然るに、, けるを、正しく見たりと云に付、以接も心を勞し、若かの調合せしは、毒藥な, 八十餘にて死たり、嘗て語しは、下麻生村より出家壹人つま〳〵來り、藥, 日向守にて、日州山崎にて死せし沙汰あれとも、實はふだかに逃れて、下麻, 人に對し過言あり、戒しめられし、其謂れ如何となれは、此僧か祖父は、明智, 泰案に、六一郎話よく似たる事あわ、日夏繋高の兵家茶話に、日向守は京, 生に蟄居し住めり、關か原御陣のとき、御身方に參るとて、墨股川にて、日州, 種をかひ合せけり、後はとたりてもあらし、如何なる藥といふ事をいわす、, とにて、手前にも、其連坐を蒙らんかと、あをこゝて聞しに、左にはあらて、役, 股川にて入水せり、其時は荒澤又五郎と稱せしと也, 此僧半年計來らす、如何と噂する時、或る人の云、此僧縛られて、御國方へ行, 都を逃れ、美濃に隱れ住し、關か原御陣の節、關東の御方に參らんとて、墨, 方役所ても雜言なと申、高ふりの體ありしゆへ、いたくしはわ戒しとだ、同, の子入水せわ、仍て其子は出家させしとなり、かゝる由緒ある身ゆへ、御國, 天正十年六月十三日, 人見, 雜記, 頃, カ, トノ説, 生ニ匿ル, 光秀下麻, 天正十年六月十三日, 五三六

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  • 人見
  • 雜記

頭注

  • トノ説
  • 生ニ匿ル
  • 光秀下麻

  • 天正十年六月十三日

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  • 五三六

注記 (25)

  • 532,649,54,272日同人話、
  • 1576,637,62,2213藥屋二三軒にてかひ集め、藥方をしられさらんやうにする体なり、然るに、
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