『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.797

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被仕との返事の事、, 柴田修理勝家ら、佐々陸奧守越中, 和を請ぬれは、命を助城をうけ取、猶越後まても趣くたしやと云程に、信長, 用心ぬかゝまをきなり、かまわぬ躰にもてなし、次而を可伺所なりと被, へ被罷歸候、勝家心には、是ら定め談合之内より、筑前守ニ返り忠したる, てこもり、越後の國よわ勢を加へてありしをかこみて戰しに、城中くし〓, よと被思ける、此せんさくするならは、筑前守所へ歸り聞えなは、中〳〵, 一三日之御祝もおさまり、大名高家に至るまて御悦の色見え、いさみ宿々, 間付合の時次而〳〵にら、同篇の言葉つかはれ候と相聞え申候事, め有馬ニ可被居、音信なと申付使者を可登と、いかにもかまはし〓く、世, 思召けん、世間にては、筑前守ら持病再發とて被登たる由に相聞え候、定, 國にありし、すくはんとて彼國に打越、越後の境小津といふ城に、國の兵た, 被仕ためニ、御禮相澄申候其夜ニ國へ被罷上候、定め直に有馬へ湯治可, 一だれより柴田殿を初として、國々へ一先被歸候と相聞え申候事, 豐豐鑑一高松, ○上略、秀吉、長秀、恒興等ト、清洲ニ抵ルコ, トニカヽル、本月二十五日ノ條ニ收ム, 勝家成政, ヲ援ケテ, セズ, 越中ニ在, 勝家裏切, 者ヲ穿鑿, 天正十年六月二十七日, 七九七

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  • ○上略、秀吉、長秀、恒興等ト、清洲ニ抵ルコ
  • トニカヽル、本月二十五日ノ條ニ收ム

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  • 勝家成政
  • ヲ援ケテ
  • セズ
  • 越中ニ在
  • 勝家裏切
  • 者ヲ穿鑿

  • 天正十年六月二十七日

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  • 七九七

注記 (25)

  • 1799,720,57,565被仕との返事の事、
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