『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.972

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同年、大權現新府に渡御したまふ時、米倉佐大夫、同彦大夫と一所にをひて、, 大權現に拜〓したてまつる、, 權現樣え先祖御奉公仕候筋目, とり傳るもの二人ありけるを、佐大夫ならひに重次、彼二人をうちとる、こ, かふ、こゝにをひく、武川の諸士、大權現の麾下に屬したてまつる、, 首級を得て疵をかうふる、大權現これをきこしめされ、稱美したまふ、しか, のみならす、北條か所よりはかり〓をめくらし、氏直に屬せよといふ状を, 小沼小屋、武川等の諸士、北條に屬すといへとも、重次これを追てあひたゝ, 手の軍兵をさしむけたまふ、重次その隨一にして、軍功をはけます、この時, 同年、北條氏直甲州に進發す、これによつき大權現御出馬にさきたつく、先, れによつて、本領をくたしたまわる、〓, よ申者兩人御座候、兄縫殿右衞門は曾祖父伊藤三右衞門討、, 同十年、甲州落居のゝち、東照, 譜牒餘録後編〕, 一北條氏直ゟ計策状取次申侍、武田勝頼家來筋中澤縫殿右衞門、同新兵衞, 伊藤重次, 〔寛永諸家系圖傳〕:, 請之四, 伊藤三右衞門, 三右衞, 二十九小普請之四, 下略, 門尉, 略, ○上, 八十, 屬ス, 直ニ屬ス, 武川衆氏, 後家康ニ, 重次中澤, 伊藤重次, 〓殿衞, 門ヲ討ツ, 天正十年七月七日, 九七二, 天正十年七月七日

割注

  • 伊藤三右衞門
  • 三右衞
  • 二十九小普請之四
  • 下略
  • 門尉
  • ○上
  • 八十

頭注

  • 屬ス
  • 直ニ屬ス
  • 武川衆氏
  • 後家康ニ
  • 重次中澤
  • 伊藤重次
  • 〓殿衞
  • 門ヲ討ツ

  • 天正十年七月七日

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  • 九七二
  • 天正十年七月七日

注記 (37)

  • 1101,608,61,2221同年、大權現新府に渡御したまふ時、米倉佐大夫、同彦大夫と一所にをひて、
  • 1688,612,57,855大權現に拜〓したてまつる、
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  • 1217,618,59,1928かふ、こゝにをひく、武川の諸士、大權現の麾下に屬したてまつる、
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