Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
古き衆御旗本にも可有御座候、御尋可被成候事、, すてに歸路におもむきたまふ、路に川あり、忠次小舟一艘をもとめ得ての, さねて大軍をおこし、是をせめたまふへし、大權現これにしたがひたまふ, 忠次が申けるは、今供奉いたす所の兵すくなし、伊賀路をへて國に歸り、か, 一羽柴筑前守天下に成申後、長谷川お竹をは、家康卿より被進候、後羽柴藤, 大權現おとろきたまひ、いうき上洛して明智をうたんやとおほせけるを、, 現和泉の堺におもむきたまふ、六月二日、信長、明智光秀かために〓せらま、, 得て、信樂の山中をへて、伊勢の白子にいて、舟にのりて三州にいる, て、信長に〓したまふ時、穴山梅雪これにしたがふ、忠次等供奉す、信長、忠次, 權現も、のぼりましませば、穴山同しくこれにしたがふ、それよりして、大權, 等并に御家人をもてなし、信長みつから肴を引たまふ、其のち信長上洛、大, せたてまつり、忠次は小鴉といふ馬にのり、川をわたる、供奉の人をみな渡, 五郎ニ被罷成候、越前にて十二万石拜領候、惟澄五郎左衞門殿御果被成, 同年、大權現江州安土におもむき, 候後之事、, 〔寛永諸家系圖傳〕九酒井忠次, 天正十年六月四日, 左衞, ○上下, 門尉、, 略、寛政, ヲ勸ム, 忠次歸國, 酒井忠次, 天正十年六月四日, 一二〇
割注
- 左衞
- ○上下
- 門尉、
- 略、寛政
頭注
- ヲ勸ム
- 忠次歸國
- 酒井忠次
柱
- 天正十年六月四日
ノンブル
- 一二〇
注記 (26)
- 1784,695,60,1418古き衆御旗本にも可有御座候、御尋可被成候事、
- 390,632,58,2181すてに歸路におもむきたまふ、路に川あり、忠次小舟一艘をもとめ得ての
- 509,633,58,2197さねて大軍をおこし、是をせめたまふへし、大權現これにしたがひたまふ
- 625,631,58,2179忠次が申けるは、今供奉いたす所の兵すくなし、伊賀路をへて國に歸り、か
- 1669,640,64,2173一羽柴筑前守天下に成申後、長谷川お竹をは、家康卿より被進候、後羽柴藤
- 740,631,58,2202大權現おとろきたまひ、いうき上洛して明智をうたんやとおほせけるを、
- 855,628,59,2204現和泉の堺におもむきたまふ、六月二日、信長、明智光秀かために〓せらま、
- 158,633,59,1978得て、信樂の山中をへて、伊勢の白子にいて、舟にのりて三州にいる
- 1205,629,60,2185て、信長に〓したまふ時、穴山梅雪これにしたがふ、忠次等供奉す、信長、忠次
- 973,629,59,2188權現も、のぼりましませば、穴山同しくこれにしたがふ、それよりして、大權
- 1090,625,60,2188等并に御家人をもてなし、信長みつから肴を引たまふ、其のち信長上洛、大
- 274,638,58,2185せたてまつり、忠次は小鴉といふ馬にのり、川をわたる、供奉の人をみな渡
- 1553,692,64,2119五郎ニ被罷成候、越前にて十二万石拜領候、惟澄五郎左衞門殿御果被成
- 1324,1851,58,963同年、大權現江州安土におもむき
- 1438,699,55,274候後之事、
- 1295,572,112,1031〔寛永諸家系圖傳〕九酒井忠次
- 1898,702,44,336天正十年六月四日
- 1353,1631,43,114左衞
- 194,2632,40,181○上下
- 1309,1629,40,126門尉、
- 150,2632,40,182略、寛政
- 596,282,39,114ヲ勸ム
- 639,279,41,165忠次歸國
- 1299,274,44,164酒井忠次
- 1899,702,44,336天正十年六月四日
- 1899,2413,45,113一二〇







