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神尾元次, 小牧山の陣にいたお、大權現のたまはく、, へたてまつり、今度の合戰かならす敵敗すへしと言上す、大權現其ゆへを, に御陣を移したまふ、このとき内藤三左衞門信成をして、清洲乃城にとゝ, わち大權現の起居をとひたてまけらむために首途し, つげたてまつお、大權現、我兵ぬ如何とのたまふ、五万るる〓しと元次こた, にのぼり、敵陣の人數をよひ我軍兵の多少を見はあらふべしとなり、元次, 則阿部善右衞門、西尾藤兵衞とおなじく矢倉にのぼり、敵陣をうかゞひ見, とひたまふ、元次うけたまはりて、參州、遠州、甲州の兵ふつよし、一人をもり, るに、その兵十万とおもへり、しかれとも御前にいたり、敵兵五万七八千と, 鈞命をうきたまはりて二丸を守る、, 同十二年、大權現と, た)るはむか〓め、尾張國に御發向乃とき、從ひたてまつる、二十八日、小牧山, めて、本丸を守らしめらお、基宿及ひ三宅惣右衞門康貞、中安兵衞少輔某等、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 汝をめす〓きとおほしさるおゝの處に、よくきたれり、とみやかにゑぐら, 豐臣秀吉、尾州長久手にをひて對陣のとき、元次駿州沼津の城にあり、すな, 從駿州三枚橋周防守康重爲使者, 岡田竹右衞門を差上候トアリ, 後大和守と號す、, ○譜牒餘録松平周, 防守康重書上ニハ, 岡田竹右衞門尉、, ○上, 下略, 十五, 百一, 三遠甲ノ, 兵一人ハ, 神尾元次, 上方勢ノ, 天正十二年三月二十八日, 三九一
割注
- 從駿州三枚橋周防守康重爲使者
- 岡田竹右衞門を差上候トアリ
- 後大和守と號す、
- ○譜牒餘録松平周
- 防守康重書上ニハ
- 岡田竹右衞門尉、
- ○上
- 下略
- 十五
- 百一
頭注
- 三遠甲ノ
- 兵一人ハ
- 神尾元次
- 上方勢ノ
柱
- 天正十二年三月二十八日
ノンブル
- 三九一
注記 (33)
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