『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.55

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忠義か所領沒收せらるゝにより、内藤左馬助政長とおなしくおほせを, 馬より下そ縱横に奮ひたゝかむ、つゐにうち死す、家臣小野勘解由某、大, 忠朝鳴野におもむき、仕寄等のことを沙汰し、また別におのれか攻口を, 諸將に命して軍をすゝめしめたまふ、忠朝は小笠原秀政、淺野長重等と, おなしく、天王寺邊にはせむかひ、ふかく敵陣にすゝみ入て、森豐前勝永, 坂へ御出陣あり、こはれにより忠朝仰を蒙り、先陣の第二に列して從ひた, うけたまはりて、安房國におもむき、里見の城郭を破却し、且其地を守衞, る、忠朝は東の方の寄手となり、玉造口に屯す、ときに城兵等不意に鳴野, か兵と相たゝかひしに、敵二十人はかり鎗をとりてあらそひ進む、忠朝, うけたまはりて備を設く、元和元年、再ひ大坂に御發向ありて、五月七日, 今福に出て、佐竹義宣の兵と相戰ふのよし聞しめされ、おほせによりて、, てまつり、已に兩御所軍を大坂にすゝめたまひ、諸手の陣所をさためら, のうちにして五万石をたまひ、大多喜城に住す、十九年九月、里見安房守, す、このとき大坂城中にをいて叛逆を企るのきこえありて、台徳院殿大, きよし賞をらる、六年正月朔日、從五位下出雲守に〓任し、この日上總國, 元和元年五月七日, 大坂冬陣, 大坂夏陣, ゼラル, 萬石ニ封, 大多喜五, 五五

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  • 大坂冬陣
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  • ゼラル
  • 萬石ニ封
  • 大多喜五

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  • 五五

注記 (22)

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