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も御感書をたまわり、, まふ、, は本多重次にあらすして誰人か居せしめんとなり、こゝにをひて重次に命して此城に居, 臣をめして岡崎の城をまもるへきものを僉議せらる、時に本多佐渡守正信言上していは, く、まことに節に死するの臣にあらすはしかるへからす、大權現仰ありけるは、しから, ゝち和睦また違變あり、此ゆへに石川すてに三州にさる、重次はかりことをめくらし、, てまつる、, せしむ、ときに重次か言上する處はなはだその旨にかなふ、これによりてかたしけなく, 質子成重を三州にかへらしめ御前に拜禮せしむ、大權現これを感し給ふ、そのゝち諸老, 且鈞命にいわく、重次は年すてに老たり、今たまわ, 川伯耆守息男勝千代ならひに重次か子成重、仰によりて人質となり京都にいたる、その, をよひ石川數正にくみせすして忠義を守りしことを賞せられ、備前盛光の御脇指をた, 同年、蟹江の城をせむるとき、重次先鋒たり、そのゝち大權現、秀吉と和睦のとき、石, のちいとまたまはりて大給にかへさる、ときに父近正か蟹江の軍功、, 一生天正十三年十一月十三日、質として濱松におもむき、はしめて東照宮にまみえた, 〔寛永諸家系圖傳〕, 本多重次, 據リテ上ニ收ム、, ○書上古文書一一, 時に十, 六歳、, 八十, 九, 衞ス, 岡崎城ヲ守, 奪還ス, 息成重秀吉, ニ質トナル, 重次成重ヲ, 本多重次, 感状ヲ受ク, 天正十三年十一月十三日, 一四五
割注
- 據リテ上ニ收ム、
- ○書上古文書一一
- 時に十
- 六歳、
- 八十
- 九
頭注
- 衞ス
- 岡崎城ヲ守
- 奪還ス
- 息成重秀吉
- ニ質トナル
- 重次成重ヲ
- 本多重次
- 感状ヲ受ク
柱
- 天正十三年十一月十三日
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- 一四五
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