『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.507

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れける、, くて、城の窓より見おくれは、須津の濱道過給ひ、山路にかゝり給ひしか、い, の先祖はしたしくて、代々公方樣に仕へつゝ、爰かしこの戰ひに、互に頼み, たのまれて、力を合と相見へて、古きふみとも有けれは、子孫の末とはなり, 一色殿の御内室宮津へかへり給ひし後、五郎殿のうたれ給ふ初め終りを, 加へらる、一色家數代の菩提所大圓山盛林寺に送り給ひける、住持趙室和, ぬれと、昔を思へはなつかしきに、かく親子の縁と成たりし、宿縁の淺から, ぬふしきさよと宣ひて、誠にいつよりむつましく馬鞍きれいによそほは, しき供人にて、いつ地へも出させ給ふ事あらされは、わらはも一しほ嬉し, せ、弓木を出給ふ、去年の夏の五月のころ、一色殿に參りし後、かくにき〳〵, はに向ひて宣ひしは、今日は細川殿より對面せん、我等か家と細川殿。互ひ, 聞給ひ、最期の時を思像、深く歎かせ給ひけり、過にし八日の卯の刻に、わら, 尚念比に葬禮の儀式を行ひ、法名は前一色賞雲源忠大禪定門と引導せら, は申せとも、さす、か聟の事なれは、死骸をは念比に納むへしと、細川下知を, 一色五郎内室歎きの事, 義有室長, 賞雲源忠, 岡氏ノ悲, 歎, 林寺ニ葬, 義有ヲ盛, ル, 天正十年九月八日, 五〇七

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  • 義有室長
  • 賞雲源忠
  • 岡氏ノ悲
  • 林寺ニ葬
  • 義有ヲ盛

  • 天正十年九月八日

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  • 五〇七

注記 (24)

  • 1591,662,50,208れける、
  • 286,656,60,2209くて、城の窓より見おくれは、須津の濱道過給ひ、山路にかゝり給ひしか、い
  • 1003,665,60,2206の先祖はしたしくて、代々公方樣に仕へつゝ、爰かしこの戰ひに、互に頼み
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  • 1809,658,62,2218加へらる、一色家數代の菩提所大圓山盛林寺に送り給ひける、住持趙室和
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  • 658,668,57,2206ぬふしきさよと宣ひて、誠にいつよりむつましく馬鞍きれいによそほは
  • 412,662,59,2208しき供人にて、いつ地へも出させ給ふ事あらされは、わらはも一しほ嬉し
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