『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.520

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る、長岡方こは、誰ともしれぬ三人、, てかゝる、双方打物の達者、祕術を盡し、いとみ戰う所と、誰か下知したりけ, 四人、外こ若者五六人、同枕に〓ぬせられてたおれける、小西藤七郎、石川文, 込、早櫓を立、弓木へ注進こ歸る、由良川の下へ參りけれは、田邊の城よりは、, しんにつひて廻る、此鑓先ニ向しもの、いきてのかるゝはなのりける、長岡, 相圖遲と山々へ遠見を致、待居たる、荒須帶刀に逢て、田邊のしさひ物語し, 郎、由利金吾、嶋田久兵衞、逸見五郎、同八郎、河田傳内佐、齋藤右衞門、今安左助, 吾、稻留右平太數ケ所の手疵をかうむり、此場を切ぬけ、敵の首數多船に打, 方には闇打の相圖あれとも、一色方は酒狂之亂心、義俊、金谷、蘆谷、金澤、主從, 谷取卷相戰う、義俊深手に苦しみたまふ有樣、石川秀澄是こ有と、義俊を助, ん、間毎の燈火一度にけし、でみ打にこだなりける、文吾は勘解由を見失ひ, て、無意の泪を流し、弓木へ歸りける、荒須帶刀、同勘藤太、同金次郎、加納正七, 岩淵助内、福井平三、荒川勘治、山本四平、後藤新兵衞立歸て、此趣を大江、杉山, ない、こゝかしこ尋けれとも、勝手覺ぬ城内、詮方なく立たる所に、義俊を金, 手鑓を以テしゆうわふむ, りけり、石川文吾秀澄は、あしゆら王の荒たる如く、座敷へ飛入、父の敵と打, 天正十年九月八日, 一説、忠興、興元、, 有吉ナトカ, 義有ノ最, 後, 五二〇

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  • 一説、忠興、興元、
  • 有吉ナトカ

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  • 義有ノ最

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  • 五二〇

注記 (22)

  • 1230,642,58,997る、長岡方こは、誰ともしれぬ三人、
  • 1707,641,61,2209てかゝる、双方打物の達者、祕術を盡し、いとみ戰う所と、誰か下知したりけ
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