『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.890

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とて、岡豐へ歸陣し給ひけり、, 乃勢を番手に附置、東讚岐の在々、牟禮、高松、やくり、矢島の浦々迄、一宇も殘, さに放火して、元親矢島へ渡、寺の院主に對面有て、古源平の軍なと聞給ふ、, を揉破り、塀一重になし、裸城にして、其儘閣き、平木に付城を構へ、伊豫、讚岐, 物故に、なましい成軍して、人の物笑にならんゟはとて、攻さる先に城を明, 鳥采女、金子備後守、石川刑部、馬立、新、前川、曾我部等、都合其勢一萬餘騎、迎と, てそ落行ける、頓て此城をはお捨、直に三好隼人正存保か籠りし十河へ押, を見て、我小勢にて、此大軍と戰事、洪水を手にて防に異ならす、迚も叶はぬ, して國境へ出向ふ、元親は、十月中旬、岩倉を立て、曾江越を經て、讚岐國へ押, く討れ、氣疲れ勢盡ぬれは、戰にも及す、閑り返て居たりける、寄手城の前後, 寄、即時に町を打破り、其日の暮方ゟ城へ矢入有、閲の聲、鐵砲の音に震動す, 兎角すれは冬に成、雪深くして、士卒も手龜、兵粮の運送も成かたらるへし, る計也、存保心は剛にはやれ共、過し中富の合戰に、憑切たる家乃子郎等悉, 主中内源兵衞、羽久地の城主谷忠兵衞、大西の城主大西上野、豫州勢には妻, 入、阿波、讚岐、伊豫の勢を合て三萬餘騎、虎丸の城へ押寄る、城主安富玄蕃是, 城ヲ棄テ, 安富玄蕃, 河城ニ圍, ヽ逃ル, 虎丸城ニ, 存保ヲ十, 向フ, 岡豐ニ歸, 牟禮高松, ニ放火ス, ム, 天正十年十月是月, 八九〇

頭注

  • 城ヲ棄テ
  • 安富玄蕃
  • 河城ニ圍
  • ヽ逃ル
  • 虎丸城ニ
  • 存保ヲ十
  • 向フ
  • 岡豐ニ歸
  • 牟禮高松
  • ニ放火ス

  • 天正十年十月是月

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  • 八九〇

注記 (28)

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  • 497,612,66,2220乃勢を番手に附置、東讚岐の在々、牟禮、高松、やくり、矢島の浦々迄、一宇も殘
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