『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.176

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宇喜多直家岡山の城へ移る事, は、山下殊外廣大にして、東の大川海に通ひ運漕よく、以來繁昌すへき土地なれは、, きの處、三好・香川等より、宇喜多をかたらひなは、難儀なるへしと思ひて、天正元, 城下も所狹く、屋敷を割付るに事たらす、始終爰に居城なしかたく、然るに岡山の城, 年の春、直家へ長曾我部より使を立て、近々に阿波・讚岐へ相働へく候、其時三好, 直し、土居・堀等築き改らる、是に依て其地にありし寺社を外へ移さる、天正元年の, の屋敷も少くて、居住成かたけれは、城中を廣くおし廣け、郭をも作りそへて繩を仕, 近年四國にて長曾我部元親威をふるひ、土佐國を打したかへ、阿波・讚岐へも打入へ, 此城へ移るへくとありけれとも、是も今まて金光か居たる城にて、家居も狹く、家中, 香川より加勢を乞ふとも、許容無之樣ヱ頼み來り、此後は申合セ四國平均有へきとの, 事也、直家家臣を集め是を談し、長曾我部一味同心の返答に及ひける、かくの如く直, 〓より、岡平内奉行をして、門・櫓・塀・柵等造營ありて、堅固大〓出來セしかは、, 家も、年々に手も廣かり、沼の城下に兵卒又足輕等まて、多勢に成に隨ひて、城内も, 〔備前軍記〕, 直家之ヲ諾, 沼城手狹ト, 岡山城ヲ増, 築ス, ヲ略取セン, トシ宇喜多, 親阿波讚岐, 長宗我部元, ナル, 直家ト結ブ, ス, 天正元年是秋, 一七六

頭注

  • 直家之ヲ諾
  • 沼城手狹ト
  • 岡山城ヲ増
  • 築ス
  • ヲ略取セン
  • トシ宇喜多
  • 親阿波讚岐
  • 長宗我部元
  • ナル
  • 直家ト結ブ

  • 天正元年是秋

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  • 一七六

注記 (27)

  • 1669,806,56,742宇喜多直家岡山の城へ移る事
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