『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.282

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

し寄ると見えけれは、秀久下知して、敵の大軍城を圍み、船路に廻りれ、粮道を, に憤しとそ、味方は順風に帆を揚け、遙かの沖に乘出し、鬪音をとつとそあ, より下り立、塀に付乘入て見る所に、卒一人もあらされぬ、出し拔れしを大, たちきられなは、味方殆と難儀なるへし、早く舟にとり乘て漕出せよとて、, なく兵を引あけゝり、敵ぬ味方の城を明け去りしを夢にも知らす、城近く, はし支へて戰ふ内、引田の城兵殘りなく船に打乘り、沖合さして漕出す、村, 吉これを見て、手輕く物別れし、家に傳ふる鳥銃の丸立といふ術を以て、難, らんと、いたつらに矢玉を費し攻寄る、元親も程なく來て兵士に下知し、馬, けたりける、元親はせんかたなく、人數集て寒川郡に入り、雨瀧の壘を攻ん, 押寄せしに、城中には靜まりかへりて有けれは、却ていかなる謀のあるや, こと〳〵く船に乘り、沖の方へのり出す、こゝに森九郎左衞門村吉か、與地, 山の城に在て、敵味方の利害を按するに、元親二万餘の大軍なれは、秀久さ, 手勢を卒ひ、與地山を出て、大西、吉良か備を目かけ、横合より打てかゝり、し, たかりの勇將なれとも對當しかたかるへし、所詮除口危からんと、おのか, とす、城將安富肥前守か家臣に、六車宗旦といふ者、俄に心變りし、土佐方に, ノ壘ヲ奪, 森村吉, 秀久舟一, 乘リテ逃, 元親雨瀧, 六車宗旦, 丸立, 天正十一年四月二十一日, 二八二

頭注

  • ノ壘ヲ奪
  • 森村吉
  • 秀久舟一
  • 乘リテ逃
  • 元親雨瀧
  • 六車宗旦
  • 丸立

  • 天正十一年四月二十一日

ノンブル

  • 二八二

注記 (24)

  • 1800,612,61,2210し寄ると見えけれは、秀久下知して、敵の大軍城を圍み、船路に廻りれ、粮道を
  • 396,626,60,2196に憤しとそ、味方は順風に帆を揚け、遙かの沖に乘出し、鬪音をとつとそあ
  • 509,619,66,2203より下り立、塀に付乘入て見る所に、卒一人もあらされぬ、出し拔れしを大
  • 1686,615,59,2218たちきられなは、味方殆と難儀なるへし、早く舟にとり乘て漕出せよとて、
  • 861,617,64,2202なく兵を引あけゝり、敵ぬ味方の城を明け去りしを夢にも知らす、城近く
  • 1095,626,65,2201はし支へて戰ふ内、引田の城兵殘りなく船に打乘り、沖合さして漕出す、村
  • 980,617,64,2205吉これを見て、手輕く物別れし、家に傳ふる鳥銃の丸立といふ術を以て、難
  • 627,621,64,2199らんと、いたつらに矢玉を費し攻寄る、元親も程なく來て兵士に下知し、馬
  • 279,622,61,2200けたりける、元親はせんかたなく、人數集て寒川郡に入り、雨瀧の壘を攻ん
  • 748,617,62,2204押寄せしに、城中には靜まりかへりて有けれは、却ていかなる謀のあるや
  • 1567,617,63,2200こと〳〵く船に乘り、沖の方へのり出す、こゝに森九郎左衞門村吉か、與地
  • 1449,618,64,2199山の城に在て、敵味方の利害を按するに、元親二万餘の大軍なれは、秀久さ
  • 1215,611,63,2208手勢を卒ひ、與地山を出て、大西、吉良か備を目かけ、横合より打てかゝり、し
  • 1332,614,63,2205たかりの勇將なれとも對當しかたかるへし、所詮除口危からんと、おのか
  • 160,628,62,2185とす、城將安富肥前守か家臣に、六車宗旦といふ者、俄に心變りし、土佐方に
  • 293,266,38,162ノ壘ヲ奪
  • 1571,258,41,126森村吉
  • 1845,258,41,150秀久舟一
  • 1801,257,42,169乘リテ逃
  • 336,262,41,167元親雨瀧
  • 160,263,42,165六車宗旦
  • 993,260,44,81丸立
  • 1919,693,44,472天正十一年四月二十一日
  • 1919,2430,43,113二八二

類似アイテム