『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.94

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すれとも、今吉兵衞を無事にのけたらんは、こゝに留つて討死せんより, 右一ケ條、或時一覽之序爰と記置もの也、, とて、家の瑕となる理なし、却而我深慮ありとせんと云れけれは、栗山辭, は百倍の忠節也、時移るぞと急るゝによつて、栗山已ことを得ず許諾し、, ん、武士は北ると云事のなきものぞと、父君の常に教へ給ふものをとて、, れけるに、栗山爾々と答ふ、吉兵衞聞より早く、父君と離あいづくにか往, ト戰ヒ、清秀討死ス、高山右近モ力盡テ塞ヲ落行ケル、廿一日卯刻、羽柴方此, 吉兵衞を先に立て行事一里計こて、吉兵衞、我をは何方ニ具するそと問, し、從つて壘にかへる、希代の譽なり、便是黒田甲斐守長政なり, 乘たる馬を蹴立、轡を引返さるれは、栗山、寔こ父の御子かまと、感〓を流, 事ヲ聞、大ニ騷立テ、集勢ハ落ル者多カリキ、柴田方ニ志ヲ通スル諸將ハ甚, 悦之、佐久間カ陣へ使〓ヲ馳テ賀之モ多カリケリ、桑山修理大夫重晴ハ、二, 〔増補筒井家記〕九去十九日、廿日ノ戰ヒ、中川瀬兵衞清秀、佐久間玄蕃頭, 天正十一年四月二十日, 感状記大, 範、正武將, ○明良洪, 抵同ジ、, 感状記大, 諸將ハ喜, 勝家ニ志, モノ多シ, 逃散スル, ヲ通ズル, 秀吉ノ兵, 九四

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  • 範、正武將
  • ○明良洪
  • 抵同ジ、
  • 感状記大

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  • 諸將ハ喜
  • 勝家ニ志
  • モノ多シ
  • 逃散スル
  • ヲ通ズル
  • 秀吉ノ兵

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  • 九四

注記 (26)

  • 1675,700,62,2126すれとも、今吉兵衞を無事にのけたらんは、こゝに留つて討死せんより
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