『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.221

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に於いて、攻撃し難き山上の好位置に陣せり、, れる機會を失せず、其兵を率ゐて、天下に入らんことを求めたり、因て柴田, 城に對陣せしめたり、佐久間に對して進みたる兵は、途中五六ケ所の城を, は時を移さず、己が甥にして佐久間と稱する有名なる大將に、七八千の兵, 久間は柴田の養子の居りし長濱に向ひて直行せしが、彼が同所に到著せ, 一五八四年一月二日, 造り、伊勢より來りし援兵の進路を妨止せんとせり、此兵は羽柴軍の眼前, し時、龜山の城は既に敵の手中にあり、敵は、佐久間の來るを聞き、兵を分ち、, 約二萬人を派して彼に當らしめ、一萬五千人を留めて、峰と云ふ瀧川の一, 士を附して、同方面に向はしめ、自ら殘餘の兵を率ゐて其後に續きたり、佐, 附、長崎〓、ルイス・フロイスよ, 一五八二年、八三年、及び八四年の日本通信、, 右の城の未だ降服せざりし時、瀧川は柴田に對ひ、羽柴が己と事を構へ居, り、耶蘇會の總長に贈りし書翰の一節、, 〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第一號譯文), 小林圖書天野加賀河野土佐, 月二十日ニ當ル、, ○天正十一年十, 分チテ之, 盛政長濱, 勝家ノ進, 出ヲ促ス, 瀧川一盆, 秀吉兵ヲ, ニ向フ, ニ向フ, 天正十一年四月二十一日, 二二一

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  • 月二十日ニ當ル、
  • ○天正十一年十

頭注

  • 分チテ之
  • 盛政長濱
  • 勝家ノ進
  • 出ヲ促ス
  • 瀧川一盆
  • 秀吉兵ヲ
  • ニ向フ

  • 天正十一年四月二十一日

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  • 二二一

注記 (28)

  • 269,619,59,1355に於いて、攻撃し難き山上の好位置に陣せり、
  • 1204,618,59,2209れる機會を失せず、其兵を率ゐて、天下に入らんことを求めたり、因て柴田
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