『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.232

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

自ら危險に瀕し、又多數の兵を失ひたる事に對し、感謝を表したり、, 等の主は、彼に生命を與へ、日本全基督教會一般の悲を輕くし給へり、, 本の全基督教會は大に悲歎せり、而して惡しき報知は多く眞實なるが、我, 此報羽柴の許に達せし時、彼は美濃國に在り、三七殿と戰ふ準備中なりし, 〓し、此時間に至るまで、勝負を決すること能はざりき、羽柴の全軍は、遂に, にして、其總大將たりし佐久間は之を見て、勇猛に之と戰はんと欲して引, に居たれば、羽柴は之に對し、言葉を用ひ又愛情を示して、彼に仕ふる爲め、, 返したり、此戰は甚だ激しく、雙方天明より正午まで戰を續け、鎗を以て相, 殘餘の兵を率ゐて敵に向ひたり、人の言ふ所に依れば、彼は二日二夜行軍, 柴は其居城より之を見て、急遽六千の兵を出すことを命じたり、柴田の甥, 其第一月の二十一日即ち一月一日, が、少しも容貌を變ずることなく、常に戰に勇なれば、一萬人を同所に留め、, を續け、敵の視界に達して、其兄弟の城に入りたり、ジュスト右近殿も、同所, 留りし越前の兵は、天明に及び、彼等が最初屯營せし山に退き始めしが、羽, 城を出で、二萬餘の兵士一隊となりて、既に疲れたる敵を襲ひたれば、敵は, 尚ほ勝利を得たる戰場に, 天正十一年四月二十一日, ○此日附ハ, 誤アルベシ, 力ム, 盛政返戰, 秀吉美濃, ヨリ賤嶽, ニ向フ, 二三二

割注

  • ○此日附ハ
  • 誤アルベシ

頭注

  • 力ム
  • 盛政返戰
  • 秀吉美濃
  • ヨリ賤嶽
  • ニ向フ

ノンブル

  • 二三二

注記 (25)

  • 1000,627,60,2012自ら危險に瀕し、又多數の兵を失ひたる事に對し、感謝を表したり、
  • 1700,629,59,2089等の主は、彼に生命を與へ、日本全基督教會一般の悲を輕くし給へり、
  • 1815,630,60,2205本の全基督教會は大に悲歎せり、而して惡しき報知は多く眞實なるが、我
  • 1584,631,60,2203此報羽柴の許に達せし時、彼は美濃國に在り、三七殿と戰ふ準備中なりし
  • 295,626,60,2205〓し、此時間に至るまで、勝負を決すること能はざりき、羽柴の全軍は、遂に
  • 529,630,63,2204にして、其總大將たりし佐久間は之を見て、勇猛に之と戰はんと欲して引
  • 1114,634,63,2220に居たれば、羽柴は之に對し、言葉を用ひ又愛情を示して、彼に仕ふる爲め、
  • 412,626,62,2204返したり、此戰は甚だ激しく、雙方天明より正午まで戰を續け、鎗を以て相
  • 1348,629,61,2206殘餘の兵を率ゐて敵に向ひたり、人の言ふ所に依れば、彼は二日二夜行軍
  • 646,624,62,2210柴は其居城より之を見て、急遽六千の兵を出すことを命じたり、柴田の甥
  • 882,625,59,1065其第一月の二十一日即ち一月一日
  • 1465,633,62,2220が、少しも容貌を變ずることなく、常に戰に勇なれば、一萬人を同所に留め、
  • 1231,630,62,2206を續け、敵の視界に達して、其兄弟の城に入りたり、ジュスト右近殿も、同所
  • 763,627,61,2205留りし越前の兵は、天明に及び、彼等が最初屯營せし山に退き始めしが、羽
  • 179,630,59,2193城を出で、二萬餘の兵士一隊となりて、既に疲れたる敵を襲ひたれば、敵は
  • 882,2062,57,770尚ほ勝利を得たる戰場に
  • 1932,712,46,468天正十一年四月二十一日
  • 913,1709,42,325○此日附ハ
  • 869,1713,43,328誤アルベシ
  • 519,269,37,74力ム
  • 560,268,42,170盛政返戰
  • 1646,269,40,172秀吉美濃
  • 1600,279,41,163ヨリ賤嶽
  • 1558,281,36,107ニ向フ
  • 1932,2445,42,117二三二

類似アイテム