『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.224

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其餘の軍隊を率ゐて柴田に向ひたり、其行進は迅速にして、二晝夜の間進, 軍を繼續せり、而して敵の眼前に於いて、己が兄弟の城に入りたり、同所は, て羽柴は己が主要なる敵の尚ほ倒れざることを聞き、鳴物を鳴らして、散, ひたることに對して、厚く禮を陳べたり、柴田は、羽柴の來るに及びて、始め, に陣營を置きし山上に退却せり、羽柴は命じて六千の兵をして之を追撃, 撃したれば、敵は全く敗走せり、而して後方に密林を控へたれば、彼等敗北, れども羽柴の軍勢悉く戰場に出づるに及び、漸く疲れ初めたる敵兵を〓, 尊敬と愛慕に充ちたる言葉を以て、其己に仕へて危險を冒し、又兵士を失, 包圍して、中にある者どもが、敵軍の援助に出づることを防止しゐたり、因, 〔已に述べたる通り〕ジユストの引籠りたる所なり、羽柴は大に彼を好遇し、, 者等は、途上に槍、鐵砲、刀劍、著物までも打棄てゝ行きたり、やがて山頂に半, 柴田は此合戰には見えざりき、彼は千餘の兵士と共に久太郎殿の要塞を, せしめ、早朝より日中に至るまで激戰せしが、勝敗は容易に決せざりき、然, じたる兵を集合し、軍隊を柴田に向つて〓進せしめたり、柴田は嶮阻にし, 裸體の兵士千五百餘人現はれたり、, コノ戰ニ, 包圍シテ, 攻ノ塞ヲ, 勝家退却, 秀吉追撃, ノ麾下ヲ, 勝家ハ秀, 秀吉勝家, 會セズ, 攻撃ス, ス, 天正十一年四月二十一日, 二二四

頭注

  • コノ戰ニ
  • 包圍シテ
  • 攻ノ塞ヲ
  • 勝家退却
  • 秀吉追撃
  • ノ麾下ヲ
  • 勝家ハ秀
  • 秀吉勝家
  • 會セズ
  • 攻撃ス

  • 天正十一年四月二十一日

ノンブル

  • 二二四

注記 (28)

  • 1813,623,79,2213其餘の軍隊を率ゐて柴田に向ひたり、其行進は迅速にして、二晝夜の間進
  • 1697,621,77,2208軍を繼續せり、而して敵の眼前に於いて、己が兄弟の城に入りたり、同所は
  • 296,623,75,2198て羽柴は己が主要なる敵の尚ほ倒れざることを聞き、鳴物を鳴らして、散
  • 1347,630,74,2199ひたることに對して、厚く禮を陳べたり、柴田は、羽柴の來るに及びて、始め
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  • 1948,703,45,472天正十一年四月二十一日
  • 1935,2437,42,119二二四

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