『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.229

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能なりき、, は直に其首を斬らしめたり、, 右峰の城は、大にしてまた堅固なるのみならず、城内には、多數の兵士及び, といふ彼の甥にして、甚だ勇猛なる部將に、七八千人を附して先發せしめ、, 率ゐて、柴田の養子の居城長濱より三四レグワの所に到りしが、此處に著, 彼は殘餘の兵士を率ゐて、後より行くことゝなしたり、佐久間は直に軍を, の重要なる城を攻めしめたり、佐久間に對して進みし者は、越前より來る, 軍隊の前進せざらん爲め、途中に五六ケ所の城を造りしが、敵は羽柴の軍, せし時、龜山の城は、既に陷落しゐたり、因りて羽柴は、約二萬の兵士に命じ, て、佐久間に對ひて、其前進を止めしめ、一萬五千人を留めて、峰と稱する他, と相對して、山上に陣營を張りたり、此地は堅固にして、之を圍むこと不可, の好時期なり、此機會を失ふべからずと説きたり、柴田は直に、名を佐久間, を攻むることに從事せるが故に、今は天下の君となるべく軍隊を進むる, 能はざりしが故に、之を敵に渡したる次第を陳辯せしが、何の効なく、瀧川, 此城の未だ陷落せざる時、瀧川は、使者を柴田の許に遣はし、羽柴は己の城, 盛政出陣, 秀吉ノ對, ノ出兵ヲ, 一盆勝家, 促ス, 策, 天正十一年四月二十一日, 二二九

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  • 盛政出陣
  • 秀吉ノ對
  • ノ出兵ヲ
  • 一盆勝家
  • 促ス

  • 天正十一年四月二十一日

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  • 二二九

注記 (23)

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