『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.318

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著し侍りぬ、, は更になかりし也、取靜めたる躰さすろ名將の籠城とは見學にけり、か, の因みを變さんや、伊賀守理は有と云其共、無道に極るへし、秀吉卿の才, 智は世に勝れ、殊に氣體實しに依て、去年の春備中に至り出勢有しよ, る處に柴田權六、佐久間玄番允を生捕て、秀吉へかくと披露有けれは、可然, へ引入、小手をゆるし、行水をeいらせ、帷子を前にをけは、心あるかなと〓, をのみ聞を事とし、或政道之損盆をも不問、或依怙贔屓かちなる事多く, り、伊州家督万てこたなく共、玄番允兄弟ほとにも親愛あらは、何そ父子, 城主たりしか、扨もと云〓催す袖乃み多し、見るも乃榮衰日々にかはりぬ, 酒宴遊興に長し、世をみしかう思ひ取し故なり、因之養子伊賀守か恨あ, るとは、かなうの事にこだとて、痛も有て、因果の程を思ひ煩ひぬ、秀吉卿よ, 事なりとて褒美尤厚し、去二月万て、權六は當城之主、玄番允は賀州金澤之, おに計う〓し、山口甚兵衞尉、副田甚左衞門尉にそ預らる、兩人請取宿所, り以來、一日片時も休息の〓もなく、遊興と云事をもよそに見、自他之勞, 評曰、秀吉、勝家興亡之故を勘かへこるに、勝家は文道をらみし下し、武道, ○盛政及ビ權六捕へラルヽ「, ト、五月十二日ノ條ニモ見ユ、, シ政道ヲ, 道ヲ專ト, 秀吉ハ才, 問ハズ, 勝家ハ武, 佐久間盛, 柴田權六, 政捕ヘラ, 智勝レ氣, 名將ノ籠, 體實ス, 城, 天正十一年四月二十三日, 三一八

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  • ○盛政及ビ權六捕へラルヽ「
  • ト、五月十二日ノ條ニモ見ユ、

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  • シ政道ヲ
  • 道ヲ專ト
  • 秀吉ハ才
  • 問ハズ
  • 勝家ハ武
  • 佐久間盛
  • 柴田權六
  • 政捕ヘラ
  • 智勝レ氣
  • 名將ノ籠
  • 體實ス

  • 天正十一年四月二十三日

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  • 三一八

注記 (31)

  • 987,618,60,348著し侍りぬ、
  • 1805,626,59,2193は更になかりし也、取靜めたる躰さすろ名將の籠城とは見學にけり、か
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