『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.338

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に向て、北庄もかく見學給ふ間、御覺悟なされ候へと云しかは、つね〳〵憑, なみたと共に出て、末森殿へ參、い〓ゝを給へ、一万つおち候て、浮世のあり, さまをも御覽候へと諫つゝ、あやしけなまのり物に二人乃人々をのせ〓, いらを、椎谷の乃おくへと心さしけるか、竹田と云里に至て思ふに、いや〳〵, み給ひし彌陀之名號に向て、心しつかに稱名し給ひて、硯を引よせかくな, 末森殿、南無阿彌陀佛〳〵と唱へつゝ、首をうけさせ給ふとひとしく、御く, て、烟事之外にそ見にまる、扨は匠作御切腹にこたと、上村思ひつゝ、兩人, ふかく山に入なは、北庄之便もまれなるへし、是に一兩日滯留し、よしあし, ひは前へ落にけり、息女も名號にむかつて、母上上品上生に導き給へ、勝家, 思ひきや竹田乃里の草のつゆはゝうへともに消ん物とは, 乃事を聞てんやとさし處に、廿四日申の刻に、北庄之殿守炎上とおほしく, 今こゝに六そちあまりの日のかすをたゝ一ときにか〓しぬるか〓, 御父子、玄番殿、文荷齋何れも同し蓮乃うてなにむか〓とらさ給へと、いと, む、, 息女も同し硯にて、, 天正十一年四月二十四日, 辭世, 末森殿ノ, 女ノ辭世, 末森殿息, 竹田ニ到, 天正十一年四月二十四日, 三三八

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  • 辭世
  • 末森殿ノ
  • 女ノ辭世
  • 末森殿息
  • 竹田ニ到

  • 天正十一年四月二十四日

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  • 三三八

注記 (23)

  • 1117,613,69,2204に向て、北庄もかく見學給ふ間、御覺悟なされ候へと云しかは、つね〳〵憑
  • 1823,605,66,2204なみたと共に出て、末森殿へ參、い〓ゝを給へ、一万つおち候て、浮世のあり
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