『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.653

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まふ、酒井左衞門尉, 加増を拜領す、此時大權現諸將をあつめて、小山をせめんと相はかりた, らお、又諏訪原の名をあらため牧野と號したまふ、此時大權現の仰に、周, りて、所々の城をせめおとしたまふ、八月、諏訪原の城をせめたまふ時、城, 主室賀、小泉かたくまもるといへども、たすけの兵なきゆへ、城をすて、ひ, らす事日すでに久し、ふがはくはしばらく士卒をやすめたまふだしと, いふ、康親申けおゐ、小山をせめたまはんは尤よきはかりことなり、其故, それづし是をまもるべきのよし申あげければ、大權現大きに御感あり, いさめ申けおは、兵を野外には, そかに小山の城にのづお、大權現諸將に命じて、諏訪原の城を守らしめ, んとのたまひしかども、諸將御うけ申ものなし、其中に忠次すゝみ出て、, て、御諱の康の字を下され、康親と號す、又左近をあらため、周防守に任せ, 名をあらためたまふとなり、是により遠州にて、樽木河尻にて七百貫の, 武王殷を牧野にるぶりしためしを引せたまひ、周防守になさる、周防の, 周はすなはち周の世の名なり、故に康親か勇略を感じおぼしめして、其, けして即時に乘やぶり、敵數百人討とる、同年七月、大權現遠州に進發あ, 天正十一年六月十七日, ○譜牒餘録松平周防, 守書上、諸將ニ作ル、, 諏訪原ヲ, 樽木河尻, ノ地ヲ加, ヘラル, 守ル, 六五三

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  • ○譜牒餘録松平周防
  • 守書上、諸將ニ作ル、

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  • 諏訪原ヲ
  • 樽木河尻
  • ノ地ヲ加
  • ヘラル
  • 守ル

ノンブル

  • 六五三

注記 (25)

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