『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.901

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むる方器淺くぞ見へたりける、世上いまた大平に屬せす、戈を枕にする, な堪能の藝者なれは、濱松衆も兼に臆したるやうに思はれけるか、始而, 夥しく出る、駿河、三河、遠江は、屋家流れたゝよひ、陸地に船を浮をしかは、, にあたへらる、公不斜悦ひ思召れけれぬ、其後氏直に御對面有る〓し, の會合に、餘りに北條衆醉狂し、行跡亂れる、堪能の藝の徒に成、國家を治, を盡さる、酒宴已に闌に成、舞つ歌つけゝめた渡お、北條家の老臣等は、み, 有〓お旨兼③御催ほし有之、然ル所こ、大雨降り續たふ、數日空晴す、洪水, りける、酒井左衞門尉忠次、姫君を送り奉らる、矢部四郎右衞門、鵜殿大隅, 守は、姫君の供奉しす小田原に有、氏直ゟ一文字の刀、貞宗乃脇差を忠次, 御婚禮の儀式嚴重に取行はれしかは、千秋万歳を唱へふ、上下悦ひあへ, 日限を定められ、黄瀬川と而御對顏也、氏直は松田、大道寺、芳賀以下を相, 其日は御延引なされ、其後吉日良辰を撰、姫君の御輿相〓小田原に入あ、, 從へ出らお、公の御供には、酒井忠次、石川數正、其外を近習衆也、御饗應美, 去年御約束有、相州小田原へ御婚禮の儀こ付、七月廿日、姫君濱松を御立, 〔御年譜微考〕七七月、公以女嫁北條氏直、, 天正十一年八月十五日, 川ニ氏直, 家康黄瀬, ト會ス, 九〇一

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