『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.902

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り韮山にかへお、, 信濃知久邑主知久頼氏、同國興禪寺ニ禁制ヲ下ス、, をりふしなれは、兩家に危む人も有りけるか、されとも何の障もなくし, 母ぬ某氏、父英吉、北條氏, て、和好の約を固くなされ、互に歸らせ給ひ、是より隣好の交り親しくな, 江川英長, を、氏直より使をたてeつり請申のところ、御許容ありて、督姫君の供奉の, ち、江川の家を繼屋き子なきにより、英長をして、韮山にか〓らしめむこと, ち月俸を賜ひ、戸田甚九郎某か手に屬せらる、天正十年、氏直と御和睦乃ゝ, らせ玉ふ、目出度かりし事共也、, 〓りて隼人を〓害し、三河にのかれて浪人となる、このとき北條美濃守氏, 規書を東照宮にたてまつり、英長をして岡崎につかはすのところ、すなは, 直にはか〓しとき、英長はしば〳〵三河に參り、東照宮にまみえたてまつ, り、御懇の仰をかうぬりしこと、同僚笠原隼人某これを讒言せしかは、英長, 列に加へられ、十一年、小田原に御入輿のとき、したかひたてまつり、をれよ, 〔寛政重修諸家譜), 天正十一年八月十五日, 〔附録〕, 太郎左衞門、, 致仕號荷年, 三百, 十五, ○下, 略, 江川英長, 九〇二

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  • 太郎左衞門、
  • 致仕號荷年
  • 三百
  • 十五
  • ○下

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  • 江川英長

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  • 九〇二

注記 (26)

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