『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.672

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し仰ありて、御兩所樣御褒美共有て、忝次第也, 廿九日、丁未, に大事に御惱あり、御無言にて心外の御不例也、醫者御藥とも調進申と, いへとも、少も御驗氣御座なし、公卿殿上人みな御難儀の躰也、しかる處, 申上也、并親王御方も少御つゝしみ□□よし申候て、六日目大御所樣俄, 此當家條々者、爲後代少々注之、則梶井宮, あそはされて、四辻亞相公遠卿を御使として、此氣の樣具言上いたすへ, しるしたる物持參申候、大御所樣ふろき愼なり、急に發申候、御祈祷等御, に通仙院え色々おほを出され、御藥調進ありて、三日目少御驗氣あらま, 座有へきよし言上申、御いのりの屋うもかさねて又御尋有之、其御返事, まろくふとく大黒立つ、親王御方御覽なされ、御殿圖方角以下御自筆に, きのよし、被仰下之趣、謹而宗恕承、さて氣のすろた以下能々勘、黄昏に及, 候、御養生ありて御本腹めてたを御事共也、其時宗恕きとくを申上候よ, 次參大尚侍御局、御違例□驗之由女館被申了、自是歸家、, 被相副御書被下之候、時眉目何加之、爲子孫、努々不可聊介者也, 備上覽之處、有御感、染御筆, 〔大和入道宗恕家乘〕如山一天正十二年正月三日、巳刻清凉殿上〓黒氣, 一天正十二年正月三日、巳刻清凉殿上仁黒氣, 〔大和入道宗恕家乘〕, 天正十二年正月十八日, 蜻庵, ○中, 于時, ○中, 略, ○山, 略, 城, ○, 大和宗〓, 天正十二年正月十八日, 六七二

割注

  • 蜻庵
  • ○中
  • 于時
  • ○山

頭注

  • 大和宗〓

  • 天正十二年正月十八日

ノンブル

  • 六七二

注記 (32)

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