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し、領内を守るに過ぎざりき、其頃までになしたる事は、一度高來〔ドン・プロ, タシオの所領の名稱なり〕の地に渡り、巡察のパードレが、貴地に送りたる, せしが、多數の兵死したるが爲め、之を棄てゝ歸りたり、此城は高來領の主, が故に、頗る困難なるのみならず、糧食を運搬するの要あり、且つ中間に在, たる千々石の城を襲ひたる事なり、薩摩の兵は、殆ど城内に攻め入らんと, する者あり、又大隅、薩摩及び日向の軍隊を高來に送ることは、道甚だ遠き, 其位に復せしむる光榮を得ん爲め、同地に渡ることを熱望せり、彼は他の, 摩の兵は、肥後の國の征服に從事せしが故に、小數の兵士を以て之を援助, る二十レグワに近き海を渡航せざるべからず、而も此海岸には、船の便宜, 己の身を護らんとせり、彼が此事を要請せしこと一年半餘に及びしが、薩, 者よりも勇氣あり、戰爭に慣れ、武勇の譽を得んことを欲せしが、之に反對, 要なる鍵の一にして、ドン・プロタシオの大に望みたる所なりき、薩摩の國, 四人の日本人の一人なるドン・ミゲルの父が初め領せしを、隆信が奪取り, 少く、又海荒くして渡航は常に不便なるを以て、未だ此事を決するに至ら, に於いては、名を中務といふ王の三番目の弟が、ドン・プロタシオを救ひて、, シテ領内, ヲ守ルニ, ノ兵ヲ出, 家久ノ赴, ニハ小數, 過ギズ, 後ノ征服, 千々石城, ノ攻撃, ニ忙シク, シテ有馬, 義久ハ肥, 援, 天正十二年三月十五日, 九三二
頭注
- シテ領内
- ヲ守ルニ
- ノ兵ヲ出
- 家久ノ赴
- ニハ小數
- 過ギズ
- 後ノ征服
- 千々石城
- ノ攻撃
- ニ忙シク
- シテ有馬
- 義久ハ肥
- 援
柱
- 天正十二年三月十五日
ノンブル
- 九三二
注記 (30)
- 1558,621,70,2180し、領内を守るに過ぎざりき、其頃までになしたる事は、一度高來〔ドン・プロ
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- 1096,615,74,2197せしが、多數の兵死したるが爲め、之を棄てゝ歸りたり、此城は高來領の主
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