『大日本史料』 11編 別巻1 p.227

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受くることを指定せられたる場所なり、他の隨員ドン・ユリヤヌスの加はらざりしは、偶〻, 卿の家令は殆んど全部參集し來り、各使節に會見し、その主人より指命せられたる執事を, マ教會樞機卿の家令を始め、ローマの知名の士、竝びに貴族等が歡迎のために參集して待, り出で、車に乘りて、フラミ二ア城門外なるユリウス教皇の葡萄園に導かる、こゝは、ロー, マルクス聖堂の附近なる耶蘇會士の修道院に案内せられたり、同院を宿泊所と定められし, マンシウスとドン・ミ力エル、竝びにその隨員ドン・マルチヌスは、耶蘇會士の修道院よ, なり、當日、教皇または樞機卿の家令の一人をも、歡迎のために遣はされざりしは、次に, 高熱に冐されたるがためなり、かくて、この城外に待つこと暫時にして、ローマ教會樞機, 神なる我が主キリストの代官となれる御方に、尊敬と恭順とを表さんがためなり、右の二, 亦門地貴く、品性優れたる名士なり、一行は、他に何等の儀仗もなく、直ちに乘車し、聖, 使節に他の二名士加はれり、即ちドン・マルチヌスとドン・ユリヤヌスとにして、これも, 記すが如く、教皇の御命によりて、萬端の準備は立日に移されたるがためなり、, 明くれば三月二十三日, "土曜日、拂曉、上記の二王侯及び大村侯の使節ドン・, ○天正十三年二月, 一十二日二當ル、, 〓見式當日, ノ模樣, 中浦じゅり, やん病気ノ, 院二宿泊ス, 中浦じかり, 爲メ參列セ, 原まるちの, 耶蘇會修道, やん, ズ, 天正十年是歳, 二二七

割注

  • ○天正十三年二月
  • 一十二日二當ル、

頭注

  • 〓見式當日
  • ノ模樣
  • 中浦じゅり
  • やん病気ノ
  • 院二宿泊ス
  • 中浦じかり
  • 爲メ參列セ
  • 原まるちの
  • 耶蘇會修道
  • やん

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 二二七

注記 (29)

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