『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.936

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にのみ之を用ふべしと言へり、, けたれば、此席に列せし者は、之を見て大に喜びたり、ドン・プロタシオは、喜, 丸を受けたるに、少しも傷を受くることなく、大なる幸福を得たり、, 赴きたり、而して中務は、其子と共に、島原に到りて、之を攻むる便宜を求め, キリシタンの武士等は、懺悔及び晩餐の聖儀に依りて、己を強うせんこと, 悦を抑ふること能はず、パードレに對し、聖骨を信仰し、我等の主なる神が、, 彼に戰爭に於いて、勝利を與へ給ふことを期待すと傳へ、又自ら此の如き, 所を定めん爲め、前に述べたる如く、島原より約一レグワある安徳の城に, 珠其他聖寶を求めん爲め來る者あり、又聖母の小畫像を頸に懸けたる者, 赴き、薩摩よりは、爾後日々新手を送りたり、有馬の軍は、第一に戰ふべき場, 贈物を受くる價値なきを以て、最も大切なる祭日及び切迫せる危險の際, を圖りしを以て、我等は屡夜の十時まで之に從事せり、又祝せられたる數, 中務の當高來に渡來せし後、ドン・プロタシオは、直に兵を率ゐて彼の許に, 一人あり、少時之を借り受けたる他のキリシタンは、胸部畫像の附近に銃, んとせり、同所は高來の各所中、占領する必要最も大なる地なりしが故に、, ニ會ス, 島原ハ高, 安徳ニ赴, 鎭貴家久, 有馬ノ兵, ハ最モ樞, 來占領一, ク, 天正十二年三月十五日, 九三六

頭注

  • ニ會ス
  • 島原ハ高
  • 安徳ニ赴
  • 鎭貴家久
  • 有馬ノ兵
  • ハ最モ樞
  • 來占領一

  • 天正十二年三月十五日

ノンブル

  • 九三六

注記 (25)

  • 1338,631,58,922にのみ之を用ふべしと言へり、
  • 1797,625,60,2202けたれば、此席に列せし者は、之を見て大に喜びたり、ドン・プロタシオは、喜
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