『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.956

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んより、態と小勢を差向けて、必死の軍可然、時の方便は、機に臨み變に應す, なり、所は自國の案内者、勢も定て二三萬はあるへきそ、中々多勢を遣はさ, の刻はかりに、高來郡淵川の浦に入津し、有馬の城に使者を以て、來著の由, なれは、旁以て救はすんはあるへからす、去なから隆信は當時無雙の猛將, を過る折柄、にはかに大風吹起て、逆浪天に漲りかへし、廻溜激湍はなはた, 精て三千餘騎を差向る、赤星安房守統家は、嚮に最愛の子共を隆信に殺さ, 人にて馳加はる、斯て家久同月廿一日、肥後の八代を出船して、三角の脊渡, 大夫忠棟、新納武藏守忠元を副將として、猿亘越中守、川上左京亮以下逞兵, れし其鬱憤を散せんと思ふ折からなりけれは、時到りぬと悦んて、二百餘, を告けれは、仙岩大に悦ひ、龍造寺數萬にて、明日是へ寄來る由に候、要害堅, 刻より巽風に吹變りしかは、天の助と悦ひ、眞帆に引せて走る程に、其夜戌, 固に候ひぬれは、是へ御越あるへし、一所に籠り共に防き候はんと使を添, しく、萬里長堤の險灘なるかとあやしまる、羅刹國にも墜るやすらんと疑, れて、同國郡の浦に吹やられ、三日爰に滯留したりけるに、二十三日の未の, るものなれは、將の心に任すとて、中務少輔家久を大將とし、伊集院右衞門, 留ス, 棟有馬ニ, 伊集院忠, 家久八代, 著クトノ, 淵川浦ニ, 渡ルトノ, 郡浦ニ滯, ヲ發スト, ノ説, 雙ノ猛將, 隆信ハ無, 説, 説, 天正十二年三月十五日, 九五六

頭注

  • 留ス
  • 棟有馬ニ
  • 伊集院忠
  • 家久八代
  • 著クトノ
  • 淵川浦ニ
  • 渡ルトノ
  • 郡浦ニ滯
  • ヲ發スト
  • ノ説
  • 雙ノ猛將
  • 隆信ハ無

  • 天正十二年三月十五日

ノンブル

  • 九五六

注記 (31)

  • 1566,613,71,2202んより、態と小勢を差向けて、必死の軍可然、時の方便は、機に臨み變に應す
  • 1682,610,70,2201なり、所は自國の案内者、勢も定て二三萬はあるへきそ、中々多勢を遣はさ
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