『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.125

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座候、此時眞入齋家中へ首三つとり申候、, 申は、弓の大兵ニて御座候、此勘右衞門敵方の能武者と見へ申候を二人、, に欠著、程なく二千計ニなり申候、然處に式部殿の御下知ニて、惣かゝり, 三百計ニて押むかひ、備をたて申され候、然所に敵もきをゐ參申候而、池, の事ニ而御座候、右兩度共眞入公并太郎助も高名御座候、, 散申候味方共、そ海〳〵とあつまり申候、岸和田よりもみな〳〵一さん, 弓にて射たふし申候、然者敵事之外色あしくなり申候内、扨方々にうち, の向に備をたて、互にしらみい申候所に、式部殿の御内新田勘右衞門と, 候、片山太郎助も、此時高名有之由、三月廿二日、兩度之大合戰と申は、此時, 取卷申候、式部殿らだうの池と申て、はゞ長キ池御座候、此池をかたとり、, に成候へは、早々追崩し申候而、追討に成申候、此時眞入齋一番高名被致, 一泉牧尾法師寺領を落され無念に存候而、俄根來法師牧尾え呼入、我まゝ, 一泉河内津の國の境に、三國の茶屋とて御座候、粉川法師に三池坊と申候, 者、柴田久右衞門久六を呼入、根來法師加り取出をいたし申候而、合戰御, 百計有之候、式部殿一代之手柄ぬ此時ニて御座候、然所敵五六千ニて參, 合戰, 保田安次, 三國茶屋, 槇尾攻, 功名, 一氏一代, 天正十二年三月二十二日, 一二五

頭注

  • 合戰
  • 保田安次
  • 三國茶屋
  • 槇尾攻
  • 功名
  • 一氏一代

  • 天正十二年三月二十二日

ノンブル

  • 一二五

注記 (23)

  • 433,680,61,1215座候、此時眞入齋家中へ首三つとり申候、
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