『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.174

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いさ不知、我も〳〵と海こ入り、舟取り〳〵に漕出し、竹島差而そ渡りけ, る、乘り後し者共ぬ、高白逃入て、其古に名のみ聞く、松浦さよ姫あくづま, は太刀始被致、然は城衆も出合て、今を限りと防き戰ひける間、上原勘解, り五日過ぬれは、高白方者居城に命を申替へ、御幕下にた參りける、扨落, 勢の事なれ共、運つきぬれは無力敗軍を仕る、見江の城の麓迄かわらふ, 由兵衞尉、蓑田杢左衞門尉戰死也、宮原左近は痛手負ひて開きけり、其よ, 馬を乘り重ふ、馬に人が重りて、心はさきを望め共、姿者先に行兼な、爲方, の居城を捨て落て行く、猛勢に道せまき事なれは、我先こ逃んとて、人々, なさの餘りにや、野山に入りてかせきつゝ、高白表を出けるに、親子兄弟, 解由兵衞尉、蓑田杢左衞門尉、城麓に詰入て、手を碎き合戰す、其中ニ宮原, 者の是を聞、打果んと出合ひて懸けつゞきける間、宮原左近將監、上原勘, せにそ切り捨る、今朝目に餘る大勢を、數萬騎は討留る、殘りて逃る者共, て、唐土船を慕ひ宛伏しつむ有樣も、かくやと思ひやられけり、高白方は, 逃來り、ゆうがいを落去して、うんぜん山ニ引入りて、逃行と告知す、若武, 城之數々は、深江、島原、見江、平ら、金屋、高白共に六ツ、五日の内に攻果し、高, 天正十二年三月二十四日, 上原勘解, 由等ノ戰, 隆信ノ敗, 代ニ遁ル, 深江島原, 兵竹島神, 三會多比, 良金屋神, 死, 一七四

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  • 上原勘解
  • 由等ノ戰
  • 隆信ノ敗
  • 代ニ遁ル
  • 深江島原
  • 兵竹島神
  • 三會多比
  • 良金屋神

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  • 一七四

注記 (26)

  • 1199,704,61,2124いさ不知、我も〳〵と海こ入り、舟取り〳〵に漕出し、竹島差而そ渡りけ
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