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兒等に取りて、デウスの少からざる御慈悲なりき、, たる丘を下りて敵を襲ひ、其間を通過せんと試みたり、時に兵士四五十人, の十字架を附けし精好なる旗のみ殘存せしが、之を己の前に立て、其留り, ○以下秀吉部下ノコトニカヽル、, へたり、此時美濃の國の旗は、悉く敵に奪はれ、只シメアンの、甚だ大なる金, 歸還せしめたり、, 多くの言葉を以て彼を賞揚したるのみならず、其收入を頓に増加せしめ, つゝ、敵の中間を通り、其多數を〓傷せしを以て、彼は大に名を擧げ、羽柴は, たり、シメアンの〓出は、彼の保護を受くる多數のキリシタン及び寡婦孤, を失ひしが、其内多數は、同地方の古きキリシタンなりき、能く勇猛に戰ひ, 此戰爭終りたる時、羽柴救援の爲め、越前、加賀及び能登の諸國より、約三萬, の兵士來りしが、彼は此の如く多數の兵士を要せざりしが故に、直に之を, 恒利, 〔寛永諸家系圖傳〕十九池田, 恒興, ヽ○上下略、秀吉、尾張出兵ノコト及ビ根來一揆ノコト, ニカヽル、三月二十八日及ビ同月十八日ノ條ニ收ム、, 紀伊守、, 勝三郎、紀伊守、後に信輝とあらた, 生國攝州、, む、剃髮して勝入と號す、生國尾州、, 前加賀能, 登等ヨリ, 來ル, ノ爲メ越, 三萬ノ兵, 秀吉ノ部, 秀吉救援, タル旗, 金ノ十字, 架ヲ附ケ, 池田勝入, 天正十二年四月九日, 五七一二
割注
- ヽ○上下略、秀吉、尾張出兵ノコト及ビ根來一揆ノコト
- ニカヽル、三月二十八日及ビ同月十八日ノ條ニ收ム、
- 紀伊守、
- 勝三郎、紀伊守、後に信輝とあらた
- 生國攝州、
- む、剃髮して勝入と號す、生國尾州、
頭注
- 前加賀能
- 登等ヨリ
- 來ル
- ノ爲メ越
- 三萬ノ兵
- 秀吉ノ部
- 秀吉救援
- タル旗
- 金ノ十字
- 架ヲ附ケ
- 池田勝入
柱
- 天正十二年四月九日
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- 五七一二
注記 (34)
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