『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.148

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りしかば、内府は其誤信に基きたる處置を執り、約束の日に多數の軍隊を, を撃退せり、公然の力は内府に取りて利盆少かりしが故に、彼は詐謀に轉, に勇猛なる防禦を爲し、敵に多數の死者と無數の傷者とを出さしめて之, 得べしと考へたり、仍つて攻圍を始め、部下を其位置に就かしめ、劇しく戰, 而して内府は其多數の軍勢の力によらず、大坂城内には銀を以て腐敗せ, り、内府は此大軍を率ゐて、一六一五年十二月四日、大坂の前面に進みたり、, の地方の諸侯多數を伴ひて京都に到著せり、其軍勢は總數二十萬に達せ, 抵抗なくして越ゆべき筈の城壁の下に集めたり、彼等は安全なりと考へ, ひ、城の第一壁に對して攻撃を爲すこと數日に及びしが、城内に於ては常, じ、巧慧なる人を用ひて城内の一司令官に説かしめ、大なる約束を爲して, 其防禦せる方面より、敵兵の多數を城内に導かんことを求めしめ、此交渉, しめたる少からざる内通者あるを以て、詐謀によりて直ちに之を〓呑し, 競ひて堀に入り、銃眼には何等注意する所なかりしが、城内にては、(既に火, に由りて、内府は勝利を確實なりと信じたり、然るに此陰謀發覺し、叛逆者, は同盟者五十人と共に密に斬殺せられたり、敵は是について聞く所なか, 大坂城包, 城中ノ内, 應, 圍, 大坂ニ進, 攻撃ノ失, 家康軍ヲ, 敗, 東軍城壁, 元和元年五月八日, 一四八

頭注

  • 大坂城包
  • 城中ノ内
  • 大坂ニ進
  • 攻撃ノ失
  • 家康軍ヲ
  • 東軍城壁

  • 元和元年五月八日

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  • 一四八

注記 (26)

  • 401,622,59,2217りしかば、内府は其誤信に基きたる處置を執り、約束の日に多數の軍隊を
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