『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.156

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しが、一方には大坂の大兵あり、他方には遠く内府の強き腕あり、其間に挾, 堺の町は大坂より六哩の距離に在り、市民は初め秀頼の保護の下に在り, 數の諸侯及び殿の到著し、其軍隊豫定の數に達するを待てり、, 其保護監督の下に置かんことを請はしめ、秀頼が其糧食軍需品を徴發せ, 覺し、城内に於て捕へられたるものは、悉く第一のものと同じ終を遂げた, 内府は大坂に於て爲されたる大なる準備と、京都竝に伏見の混亂との詳, れたれば、足を兩鐙に置かんと欲し、内府の許に使者を送り、市民及び市を, 得ざるやう、其道を守らしめたり、五月の初に當り、内府は京都の城に、將軍, を守らしめ、又大坂の軍京都又は伏見に向ひて動くとも、之に入ることを, は伏見の城に入り、同所より種々の謀を以て、秀頼を引き止め、關東より多, なることは、殆んど疑ふべからざる證據ありき、四日を過ぎたる後、徒黨發, めたり、次に司令官一人を選み、頗る強勢なる軍隊を率ゐて江戸に向ひ之, 細なる報告を得て、此二ケ所の城を守る爲め、數隊の兵士を送ることを始, しが故に、成るべく速に守備兵を送りて、掠奪及び暴行を防がんことを求, り、, 京都ニ入, 家康秀忠, 大坂堺ヲ, 焚ク, 元和元年五月八日, 一五六

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  • 京都ニ入
  • 家康秀忠
  • 大坂堺ヲ
  • 焚ク

  • 元和元年五月八日

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  • 一五六

注記 (21)

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  • 603,626,63,2223堺の町は大坂より六哩の距離に在り、市民は初め秀頼の保護の下に在り
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